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爽やかな悪戯(2)

次の日も、僕らは昨日のスーパーに行った。 「結城さん、カレーライスは食べたことある?」 「カレーくらい、あるさ」 「ちゃんとした庶民カレーだよ?」 「ん?俺が知ってるカレーと何が違うんだ」 結城さんは、すっかり『俺』になった。 そんな風に、僕の前で素になってくれることが、僕はとても嬉しかった。 僕は野菜売り場で、 じゃがいも、玉ねぎ、にんじんを買った。 美味しい夏野菜のカレーも良いが、 ここは敢えての定番庶民カレーにしようと思った。 肉も…豚の角切りを選んだ。 あとは、カレールウと、 忘れちゃいけない、福神漬け! あとはまた、庶民ワインも買った。 今日は、赤にした。 米は、キロで買ったら大変なことになるので… 致し方なく、パックのご飯にした。 別荘に戻って、早速作り始めた。 結城はまた… 昨日とは違う瓶を持ち込んで、 ロックで飲みながら、僕の様子を見ていた。 野菜を切って、肉も一緒に炒めて… 水を加えて煮込む。 今日も鍋ではなく、深めのフライパンを使った。 柔らかくなったら、火を止めてルウを入れる。 「何だそれ、チョコレートみたいだな」 ルウ見たことないんですねー 「これがあれば、小学生でもでも庶民カレーが作れるっていう、すごい発明品なんだよ〜」 「ほおー」 ルウが溶けたら、また火をつけて、煮込む。 パックのご飯をレンジで温めて… 少し深さのある皿に盛りつける。 あとは、カレーをかけて、出来上がり。 「あ、そうそう…」 僕は、福神漬けの袋を開けて… 中身を少し取って、カレーの皿の端っこに乗せた。 「なんだその赤いの…」 あーこちらも初体験ですかー 「これはね、福神漬けって言って…庶民カレーには絶対乗せなきゃいけない物なの!」 そして僕らは食堂に移動し… 赤ワインと一緒に、庶民カレーを食べた。 「俺の知ってるカレーじゃないけど…美味いな」 「結城さんの知ってるカレーって、どんなの?」 「もっと色が濃くて、ビーフが入ってるやつか…」 ああ、高級洋食屋のカレーね 「あとは…ナンがついてくるやつ」 あーそれは、本場のインドカリーですね 「いやでも、これ、ホントに美味いよ」 「それはよかった。また、機会があったら、もっと他の色んな庶民めし、作ってあげるよ?」 「ああ、そうだな。よろしく頼むよ」 そして、食事を終え、片付ける僕の様子を… 結城はまた、見に来た。 「もう、結城さんは料・理・しなくていいからね」 「そうなのか?残念だな」 そして片付け終わった僕に… 結城はまた、グラスを差し出した。 僕はまたそれを一気に飲んだ。 「他に…やってみたいことはないか?」 「やってみたい…こと?」 結城は酔っ払いつつも、真面目な顔で訊いてきた。 「縛られるとか」 あーそっちの話ですか 「縛られたことあるよ…ガチでも」 「…風呂場でするか」 「ついこないだ、シャワーしながら、やった」 「69とか」 「それは冬樹とやった」 「3Pは? いないけど」 「何度もあるよ」 「お前、凄いな」 そーか… 割と順調に、経験値を積んじゃってるんだなー 「そうだな…」 しばらく考えていた結城は、 立ち上がってキッチンを出て行った。 ほどなくして、戻ってきた彼は… 1万円札を…僕に差し出した。 「今日はこれで、私を楽しませてくれないか」 ええー またとんでもないこと言い出したー 冬樹と言い、この人と言い… もーなんで男の人って、みんなヤらしいんだろうね… しかも今更… 『私』とか言っちゃってる結城さんを楽しませるなんて… ホントに無理難題だ… …と、 ふと、僕は思い付いた。 僕は結城の横を通り抜け… 入口近くにある、電気のスイッチの所まで行き… 「捕まえられたらね」 と言って、キッチンの電気を消した。 そしてサッと食堂に、移動し…食堂の電気も消した。 ふいをつかれた結城は…ゆっくり立ち上がり… ニヤッと笑った。 そして暗闇を手探りで…歩き始めた。 僕は行く先々の電気を消していった。 そして結城に見つからないよう… 静かにリビングのソファーの影に、身を潜めた。 しばらくして… 彼がリビングに入ってくる気配がした。 そこで僕は、わざと…ソファーを少しだけ押した。 ギシッ… 鈍い音が響いた。 すかさず結城は、音のした方へ近づいてきた。 「いた…!」 結城が、ソファーの後ろに座り込む僕を見つけた。 僕は急いで立ち上がり…リビングの窓を開けた。 もうちょっとで捕まりそうなところで、僕は窓から外に逃げ出した。 結城も、僕を追って外へ出た。 そして僕は、プールサイドまで来て立ち止まり、 後ろを振り返った。 結城が迫ってきた。 僕は再び前を向いて… そのまま、プールに飛び込んだ。 「…なっ」 呆れる結城を尻目に… 僕はプールの真ん中ら辺まで泳いでいった。 そして叫んだ。 「捕まえられたらねー」 結城はそれを聞いて、またニヤッと笑った。 そして…思い切りプールに飛び込んできた! それを見て、僕はまた逃げた。 が、しかし…結城の怒涛の泳ぎは凄かった! ほどなく、ついに僕は捕まってしまった… 「あーあ…」 僕は結城の目を見ながら、 少し口を尖らせて、残念そうに溜息をついた。 結城は笑っていた。 いつものニヤッと…ではなく。 そんなに、素直に嬉しそうな、 彼の笑顔を見るのは初めてだった。 「お前ってやつは…」 そう言いながら結城は… 愛おしそうに僕を抱きしめた。 こんな風に抱きしめられるのも初めてだった… なんていうか… 冬樹に抱きしめられた感覚を思い出した。 もしかして… この人…僕のことが…好き…なのかな… 結城が、僕にこんな様相を見せたのは、 このときが最初で最後だった。

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