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絶望の淵
それは、別荘で過ごす最後の日のことだった。
朝から、何やら結城の様子がおかしかった。
何度も電話が鳴った。
書斎から、珍しく声を荒げるのが聞こえてきた。
邪魔してはいけないと思い…
僕は自分の部屋でおとなしくしていた。
夕方になっても結城は書斎から出て来なかった。
仕方ないな…
明日は帰らなきゃいけないから、片付けておくか。
僕はそう思って、キッチンへ降り…
色々出しっ放してあった食器や器具を片付けた。
少し残っちゃったなー
これは、置いとけば誰かが処分してくれるんだろうか…
玉ねぎと調味料が少し残っていた。
そうだ、今度ここに連れてきてもらうときは、最初から買い揃えておこう。
なんて思いながら…
僕はまた…自分の部屋へ向かった。
と、そこへちょうど、結城が書斎から出てきた。
「あ、仕事…終わった?」
「……」
結城は黙っていた。
とても、深刻な顔をしていた。
「…どうしたの?」
…と、結城は静かに僕の手を取った。
そして大きな溜息をついた。
「お前に…見せなければいけない物がある」
そう言って彼は、僕を書斎に連れて入った。
書斎の…パソコンが置いてある机の上から、
結城は1枚の紙を手に取った。
そしてそれを、僕にそっと手渡した。
それは、FAX用紙だった。
そこに印刷された…少し滲んだ手書きの文章を
少しドキドキしながら、僕は読み始めた。
「…!?」
それを見た瞬間…
僕の身体には、稲妻のようなものが走り抜け、
そのまま身体が凍り付くような感覚を覚えた。
郁へ
もう俺を待たないで欲しい。
俺のことは忘れて欲しい。
そう言っても、
きっとお前は俺を待つことを止めないだろうね。
だから…
もう二度と会えないようにする。
もう俺を待つな。
お前は、お前だけのために、
自分のために生きろ。
さよなら。
倉田冬樹
全ての文章を読み終え…
僕は顔を上げて、結城を見た。
「何?これ…」
「……」
「これって…なんだか…」
僕はこの間みた、冬樹の夢を思い出した。
「なんだか…遺書…みたいじゃない?」
結城は…黙って目を閉じ、頷いた。
「昨夜…冬樹が自殺を図ったらしい…」
「…え…」
「残念ながら、出血多量で…今朝方亡くなったそうだ。」
あーそうだったのか…
だから今日1日、ずっとバタバタしていたのか…
不思議と僕は冷静に、そんな事を思った。
「彼の母親の希望で、遺体は今日中に、アメリカに送られることに決まったそうだ」
えーと…
なんだって…?
僕は…また、なんだかよく分からなくなった。
あの、冬樹が捕まった日と同じ感覚だろうか…
いや…もっとだった。
そのまま頭から血の気が引いていくような感じがして、視界がだんだん薄れてきた…
そのまま僕は、意識を失った。
「郁…!」
結城は崩れ落ちる僕を抱き止めた。
気がつくと…
ベッドの中だった…
結城が心配そうな表情で、僕を覗きこんでいた。
うーん…
どうしたんだっけ…
僕は一生懸命に記憶を手繰り寄せた。
キッチンから上に上がってー
結城さんに会って…
それから、書斎で…
「…!」
僕は思い出してしまった。
「…夢…だった?」
「いや…」
結城はゆっくり首を横に振った。
「…冬樹は?」
じわじわと、涙が溢れてきた。
「帰って来ないの?」
結城は、今度は首を縦に振った。
「会えないの?」
結城は再び、首を縦に振った。
「ホントなの?」
結城は…もう一度、首を縦に振り…
僕の頭を、抱きしめた。
冬樹が…死んだ?
嘘だ。
信じられない。
だって…冬樹がいるから、僕は生きてるのに?
冬樹がいない?
嘘だ。
そんなの、信じたくない。
「…結城さん」
結城は、顔を上げ…僕の目を見た。
「…僕を…殺して」
「……」
結城は何も答えなかった。
答えない代わりに…僕に口付けてきた。
「…んんっ」
いつものような濃厚な口付けだった。
僕は、頭がボーッと…してきた。
それから結城は、ベッドに上がり…
僕の上に馬乗りになった。
「殺してやる…」
彼は僕の耳元でそう囁くと…僕の耳に舌を入れた。
「…んっ」
そして僕のシャツのボタンを外し、両方の乳首を愛撫し始めた。
「…あ…んん」
気持ちいい…
もっと…もっと気持ちよくして欲しい…
愛撫に身体を任せていることで
頭の中が真っ白になって…
何もかも…
僕自身さえ、消えて無くなるような気がした。
そのまま結城は、激しく僕を抱いた。
抱かれている間…快楽に浸っている間は、
何も考えずにいられた。
「…お願い…もっとして…」
僕は泣きながら…何度も何度も、結城を求め続けた。
結城はそれに黙って応えた。
何度もイかされ、抜け殻のように疲れ果てた身体で、
朦朧とした意識の中で…
僕は更に懇願した。
「お願い…もっと…僕を殺して…」
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