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のこりのなつやすみ(1)

翌朝… それでも僕らは帰らなければならなかった。 僕の様子を心配し、気遣う結城に対して、僕はなぜか冷静だった。 「そろそろ出発しよう」 「…うん」 車に乗り込み…僕らはこの別荘を後にした。 楽しかった。 楽しかった筈なのに…それが思い出せない。 いつか…この結城と過ごした夏休みを、懐かしく思う日が、来るのだろうか… そして東京の、学院に戻ってくるまで… 僕らは全くひと言も口をきかなかった。 車は学院の構内に入り…受付の玄関前に止まった。 結城がようやく口を開いた。 「こんなときに、側にいてやれなくて…すまない」 「…たぶん…大丈夫だよ…」 僕は、半ば心ここに在らずな感じに答えた。 結城は…ちょっとだけ辺りを見回し、人気の無いことを確認してから… 僕にそっと口付けた。 「…ん」 ゆっくり離れると、結城は… 行け…という風に、頭を小さく振った。 僕は、たまらない気持ちで…車を降りた。 そして結城は、車を発進させ… そのまま去って行ってしまった。 行かないで… って、ホントは言いたかった。 結城の車が見えなくなると、僕は、受付で鍵を受け取り、自分の部屋に向かった。 そして久しぶりの自分の部屋に入り… すぐにベッドに倒れ込んだ。 気持ちだけでなく… 身体もずっしり重く沈んでいく気がした。  冬樹… 冬樹が死んだ…? いない…? もう会えない…? そしてすぐに頭の中が、 冬樹でいっぱいいっぱいになった。 涙が溢れてきた。 そんな筈ない… 待ってるって言ったのに… ずっと待っていたかったのに… 待っていても会えないの? なんで? なんで冬樹は… 僕を置いていった? なんで…? 僕は沈みきった心と身体のまま、 冬樹のことを考え続け… 止まらない涙を流し続けた。 そしていつの間にか、泣き寝入っていた。 コンコン… ドアをノックする音で、僕は目が覚めた。 「うーん…」 僕はゆっくり起き上がり…ドアの方に向かった。 「どうぞ、開いてます…」 と、ドアが開き… その向こうに1人の生徒が立っていた。 「久しぶり」 それは、藤森だった。 「あ、どーも…」 僕は力無く答えた。 「今日君が戻ったって情報が入った」 「…」 「実は、今日これから、残ってる文学研究会のメンバーで集まる予定なんだけど、よかったら…」 そう言いながら藤森は、ポケットから、何枚かの1万円札を取り出し。僕に差し出した。 「よかったら…君も参加してもらえないかと思って」 「…」 あーそうだ… ここはラコンブラード学院だった。 僕は、藤森の差し出した札束を、受け取った。 そしていつもの自分の机の引き出しに投げ込んだ。 そして答えた。 「わかりました。いいですよ」 僕はそのまま彼の後について、文学研究会の部屋に向かった。 僕があまりに快諾したので、藤森は少し意外な表情をしていたが… 「郁は、もうずっと居るの?」 「…うん」 「丁度よかったな…」 やがて、僕らは文学研究会の部屋に着いた。 ここへ来るのは、あの日以来だった。 藤森は、扉をゆっくり開いて、僕を招き入れた。 薄暗い部屋の中は、あの日と同じような景色だった。 僕らが入って行くと、そこにいる全ての目が、こちらに向けられた。 「ゲストを連れてきた」 彼らの視線に晒されながら、僕は藤森の後について、部屋の奥の小さなドアを開けた。 その奥にも、もうひとつ部屋があった。 「ここに入れるのは、幹部だけなんだ」 より一層、薄暗い空間に、3〜4人の生徒がいた。 「ここで君に会えるとは、嬉しいね」 その中には、あの正田も混ざっていた。 正田は、空いてるグラスにウイスキーを注ぎ、 僕の方へ差し出した。 「とりあえず、どうぞ」 僕はそれを受取り…一気に飲み干した。 そして言った。 「今日は、皆さんとやる感じですか?」 正田が答えた。 「足りなかった?追加料金払うよ?」 「いや、大丈夫…」 僕は、そこにあった机の上に腰掛けた。 そして自分でシャツのボタンを外し、胸をはだけた。 首を傾げ、上目遣いで… そこにいる男たち、ひとりひとりを順番に、挑発するように見つめていった。 「誰から…するの?」 そう言いながら… 少し恥ずかしそうに、髪をかき上げた。 男たちは顔を見合わせ…ゴクンと喉を鳴らした。 そう…これでいい。 今回は、無理やりでも、上からでもなくていい。 状況を判断して、 お客さまが、いちばん楽しめるよう、自分を作る。 お金を頂いている。 そんな意識が、不思議と… 冬樹を失って、どん底に沈んだ筈の… 僕の心をしゃんとさせていた。

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