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のこりのなつやすみ(5)

次の日の朝早くに、正田は学院を出て行った。 そした僕はまた…置いて行かれてしまった。 1人になってしまった。 何かに集中しなくては…と思い、 僕は学院中を彷徨い歩いた。 図書館に行って、本を読み漁ってみたり… スポーツ施設に行ってみたり… 音楽室に行ってピアノを叩いてみたりもした。 でも、何をしても… 確かに最初のうちは気が紛れるのだけれど… やがてすぐに、 何もかもが、冬樹の何か結びついて、 頭の中が冬樹でいっぱいになってしまうのだった。 そして、心も身体も、 鉛のように重く深く… 沈み切ってしまう自分をどうする事もできなかった。 僕は、そんな自分の中の冬樹を振り払うように、 学院中のあちこちを歩いて回った。 そうこうしてるうちに、 僕は中庭のテニスコートの近くまでやってきた。 誰かが、コートの端っこで、壁打ちをしていた。 僕はコートの外から回って近寄っていった。 僕の姿を見つけたその男が、言った。 「あれ?お前…こんな所で何してるんだ?」 富永だった。 「先生こそ、何やってるの?」 富永は、日焼けした顔をタオルで拭きながら、 僕に近寄ってきた。 「今日明日、当直なんだ。お前は?帰らないのか?」 「うん、もうずっとここにいる」 「へえーそうなんだ。暇なら、ちょっと一緒にやるか?教えてやるよ」 「…そうだね、やろうかな…」 以前の僕なら、 富永の誘いになんか絶対に乗らなかったと思う。 でも、今の僕は… 藁をも掴む気持ちだった。 富永は、少し意外そうな表情を見せたが、 暇潰しに恰好な相手の出現を、歓迎していた。 そして僕らは、日が落ちるまで そこでテニスを楽しんだ。 帰り際に、富永は僕に言い出した。 「よかったら…どう?今夜」 僕はすぐに答えた。 「いいですよ」 「ははっ…本当?」 「…タダじゃあないですけど」 「もちろん分かってるよ。じゃ、見回り終わったら迎えに行っていいか?」 「お待ちしてます」 僕があまりに呆気なく承諾したので、 彼は少し驚いた表情をしていた。 でも僕は… これで今夜は1人にならなくて済むっていう気持ちが先に立ってしまっていたのだ。 そしてその夜… 22時を回った頃に、富永が僕の部屋を訪ねてきた。 僕は、待ってましたとばかりに部屋を出て… 彼の後をついて、当直室へ向かった。 当直室に入って、富永がドアの鍵を掛けるが早いが 僕は彼に抱きついた。 そして…くちびるを求めた。 富永はそれに応えて僕に口付けた。 そして、ちょっと離れてから、言った。 「お前…変わったな?」 「…そう?」 「それとも、それも戦略なのか…」 そう言いながら、富永は僕を押し倒した。 「ん…あっ…」 無理やりではなく、 まるで仲の良い恋人同士のように… 僕は富永の愛撫に、素直に… そして少し大げさに喘いだ。 あ、藤森さんに悪いことしたかなー って、ちょっと思いながら… その晩、僕はそこで眠った。 それからというもの… 僕は、ほぼ毎晩のように、誰かの部屋へ行った。 富永や、正田が紹介していってくれた、誰か… 文学研究会の誰か… とにかく1人になりたくなかった。 誰かとの行為を終えて、 疲れ果てて落ちるっていう眠り方しかできなかった。 誰もいない1人の夜は、気が狂いそうだった。 冬樹のことを思い続け… 心も身体もどん底に堕ちて沈んだ。 涙が止まらず… 一睡も出来ないまま朝を迎えた日もあった。 だから僕は、自分から、 自分を抱いてくれる相手を求め続けていた。 そんな日々を送るうちに、 もう8月も残り少なくなって、 帰省していた生徒が、だんだん学院に戻ってきた。 7月末に帰省した律也も、 そのラッシュに紛れて戻ってきた。 彼は、この日を待ち望んでいた。 律也はまず、荷物を自分の部屋に入れ… 我慢できない様子で、すぐにまた部屋を出た。 そして、一目散に僕の部屋を目指して走りだした。 と、そんな律也の前に、正田が立ちはだかった。 「おかえり…随分とゆっくりだったね」 「ん、ああ…久しぶり」 正田はニヤッと笑って、律也に耳打ちした。 「君の大事な彼ね…ここだけの話だけど」 「…!?」 律也は、キッと正田を睨んだ。 正田は構わず続けた。 「はっきり言って…やりまくってるよ」 「…なにい?」 律也は正田の襟元を掴んだ。 「お、おい…俺に怒ったってしょうがないだろ」 「…」 正田は律也の手を振り払って、冷静に言った。 「まー自分の目で確かめてみたら」 「…」 言葉に詰まった律也は、 思い切り正田を睨みつけ… そして振り向き、再び走り出した。 「…ふふん」 そんな律也の背中を、 正田はせせら笑って見送った。 律也が廊下を走り… 僕の部屋が見渡せる角を曲がったとき… ちょうど、僕の部屋から 1人の男子生徒が出て行くところだった。 その生徒は律也の姿を見ると、ちょっとバツの悪そうな表情で目を反らし… ささっと足早に、横を通り抜けていった。 律也は、くちびるを噛みしめ… 僕の部屋のドアの前まで歩いてきた。 今のヤツ…確かにここから出てきた…よな? そして、コンコン…とドアを叩いた。 「…はい?」 中から僕の声が聞こえるや否や、 律也は、ドアを思い切り押し開けて ズカズカと、部屋の奥まで入ってきた。 そして、その光景を見て…彼の動きが止まった。 「…!?」 僕はベッドの上にいた。 シーツもタオルケットも乱れていて… その間に僕は、何も着ないで裸で横たわっていた。 その気怠い表情を見れば、 ほんの数分前…このベッドの上で何があったのか… すぐに想像がついた。 「あれ…律也?久しぶり…」 僕は身体を起こしながら… 何事もないように言った。 「…郁…お前っ」 ようやく動けるようになった律也は、 僕に駆け寄り、思い切り肩を掴んだ。 「なんだこれは…今出てったのは誰だ?!」 「ああ、あれ…あんまり知らない3年の人」 「はっ?!」 「でも、泊まれないって帰っちゃった」 「……」 律也は…なかなか状況が飲み込めなかった。 僕は心の底から思っていた。 律也が来てくれてよかった… これできっと…今夜は、眠れる。

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