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結城の野望
…それは、
冬樹の母親が面会に来た数日後…
まだ僕が、夏休みを迎えるより前の話。
気がつくと冬樹は、病院のベッドにいた。
冬樹は、一命を取り止めていた。
「…」
そっか、死ねなかったか…
あの日、郁への手紙を書き終えた冬樹は、カッターで手首を切って自殺を図っていた。
あんまり良く切れるカッターじゃなかったしな…
いや…もしかしたら、本気で死ぬ気は無かったのかもしれないな…
コンコン
静かにドアが開き、結城が入ってきた。
「…気がついたか、よかった」
「…すいません…俺…」
「様子が変だったから心配していたら…やっぱりだ」
結城は冬樹の異変を察知し、
看守にもそれを知らせておいた。
それが早い発見に繋がったのかもしれない。
「今、君に死なれたら、私的には大損害だからね」
「…え?」
その言葉の意味が、
冬樹にはすぐには理解できなかった。
「真紀さんと正式な手続きも済んだ。今の、君の保護者代理は…私だ。」
「…そ、そうだったんですか…」
結城は、少しニヤッとして続けた。
「君が何かしでかせば…私に迷惑がかかる」
「…ズルいですね…」
冬樹は、いろいろ諦めた風な…
でも少し…ホッとしたように、言った。
「冬樹、君の将来のことを話してもいいか?」
結城は、とんでもないことを喋り始めた。
「私は、いずれ社長になる。まだまだ先の話だけどね。そのときには…」
彼は真面目な顔で、
冬樹の目を真っ直ぐに見て、続けた。
「冬樹、君に今の私の役職に、就いてもらおうと思っている」
「ええええ〜っ???」
冬樹は、傷口が開いてしまいそうなくらい驚いた。
「な、何言い出しちゃってるんですか…お、俺にそんなこと、出来るわけないじゃないですかー」
「もちろん、今すぐってわけじゃない」
結城は更につづけた。
「まず君は、刑期を終えたらすぐに高卒認定試験を受けてもらう。一刻も早く大学にいって、経営学を学んでもらいたい」
「…俺に、そんなこと出来るんだろうか」
「いや、訊いてるわけじゃない」
「…あ、問答無用な感じですかねー」
「真紀さんから委任された以上、私の言う事に従ってもらわないと」
「はあー」
冬樹は、
不安と嬉しさの混ざったような…
大きな溜息をついた。
「…わかりました。ホントにできるか分かりませんけどね。貴方の言う通り…やってみます」
そして、
少し考えて…言った。
「でも俺…死んだことに、しといて貰えませんか?」
「どうして?」
結城は驚いた。冬樹は続けた。
「…あいつが…もう、俺のことを待たないように…」
結城はしばらく黙って考えていたが…
静かに応えた。
「それは想定していなかったが…それもいいかもしれないな…」
「…すいません」
「相当…荒れるだろうけどなー」
「…そうですかね…」
「ま、それはそれで…本人には悪いけど、面白いことになりそうだ」
結城は妄想して、ニヤッと笑った。
冬樹は若干の苦笑を浮かべた。
「いいんですか?俺はともかく、結城さん的には…」
そして少し…
寂しそうな、悔しそうな表情で続けた。
「郁を…側に置いておきたいんじゃないですか?」
結城は一瞬…
なんとも言えない切ない目をした。
でもそれは、本当にほんの一瞬で…
もしかしたら…
冬樹は気付かなかったかもしれない。
いつもの結城に戻って
彼は悪戯っぽく言った。
「郁ね…あいつはもう少し泳がせておくことにする」
「うわー悪いなー」
「あいつ程の逸材は、なかなかいない」
「…」
「君たちのことを考えたら、酷いことしてるな…」
「…そこは、俺も割り切れるよう努力します」
それを聞いて、
結城は少し申し訳なさそうな表情になった。
「でもね、さっきも言ったように…」
結城は、冬樹の肩に手を置いて…
キッパリと言った。
「あいつとはまた違った形で、君を育てていきたい」
「…ありがとうございます…」
もちろん僕は、こんな密談が行われていたことを
これっぽっちも知らなかった。
結城の果てしない野望は、
いずれ、かなり理想的な形で実現することになる。
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