78 / 149

動乱の2学期(3)

律也は、事務局で僕の連絡先を調べた。 普通の生徒はなかなかそんな事はできないが、 彼はどうやら、顔が利くらしかった。 「…これが?」 「そうですね。こちらが滝崎郁の保護者代理の連絡先になりますね」 「…結城…貴彦…」 僕の保護者が、両親ではないことを知って 律也は正直なところ、戸惑いを隠せなかった。 「どうもありがとう。助かりました」 事務局の職員にお礼を言って、 律也はその電話番号を、自分の部屋へ持ち帰った。 この、結城って人は… 郁の…一体何なんだろう…? 律也は少し考え… 思い切って受話器を取って、ダイヤルを回した。 プルルル…プルルル… こんな時間じゃあ誰も出ないよな… プルルル… 「はい。結城エンジニアリングでございます」 何回かのコールの後… 冷静な男性の声が、電話の向こうに出た。 「あ、あの…わ、私は、日野と申しますっ…」 律也はちょっと慌てた。 まさか出るとは… 「…どちらの日野様ですか?」 律也は一呼吸おいて、続けた。 「…聖◯◯学院の日野と申します。結城さん…いらっしゃいますか?」 「…どういったご用件でしょうか」 「…滝崎くんの件で、ちょっとお話しが…」 「…かしこまりました。少々お待ちくださいませ」 電話の向こうに、保留の音楽が流れた。 …まさか繋がると思ってなかった。 こんな夜中まで、この会社には人が残っているのか… と、律也が思いを巡らせていると… 「お待たせしました。結城ですが…」 電話の向こうの、 落ち着いた、でもまだ若そうな男性の声に… 律也は動揺した。 「あ、あの…私…日野律也と申します。あの…郁…いや、滝崎くんの友人で…」 「そうですか。お世話になってます。それで?」 「実は…その、滝崎くんのことなんですけど…」 「郁が、どうかしましたか?」 律也は、夏休みあとの僕の様子を、結城に説明した。 「…わかった。明日の夜にでも時間を作って面会に行こう。私が直接話をしてみることにする」 「よろしくお願いします。もう…俺たちにはどうする事もできないんです」 「わざわざありがとう。知らせてくれて」 「いいえ…」 「では、明日」 「はい、お待ちしてます!」 そして律也は、受話器を置いた。 この…結城って人は… なんなんだ?? ベッドに入って… 律也もなかなか眠れない夜を過ごした。 次の日は土曜日だった。 授業は午前中だけだったが… もちろん僕は、それに出席する気にはなれなかった。 二日酔いで頭も痛かったし、気分も悪かったし… そして何より、雅巳の顔を見るのが怖かった。 僕はずっと…部屋のベッドの中にいた。 授業を終えた雅巳も、何となく部屋に居辛いのか 午後は部活に出かけ… そのまま直接食堂へ行ったようだった。 ほとんどの生徒が夕食を終えた頃、 まだ食堂で、仲間たちと喋っている雅己のもとへ、 律也がやってきた。 「…ちょっと」 「あ、日野さん」 律也に呼ばれて、雅巳は席を立った。 「どう?あいつの様子…」 「…昼はまだ寝てましたけど、それからは、僕もまだ部屋に帰ってないんで…」 「そっか…」 そして2人は廊下に出た。 「あのさ、郁の保護者の人が面会に来てくれてるんだ。君も一緒に会ってもらえないかな?君からも、あいつの日々の様子を話して欲しい」 「わかりました…いいですよ」 2人は長い廊下を歩いていった。 そして事務局の隣の、応接室のドアの前まできた。 コンコン。 「はい」 律也がドアをノックすると、 中から男の人の声が聞こえた。 「失礼します」 ドアを開け… 2人は、結城の姿を見て…動きが一瞬止まった。 「初めまして。私が結城です」 結城は、戸惑う2人に近付き… まずは律也に向かって右手を出した。 「…あっ…どうも…俺…あ、いや私が、昨夜電話した日野です。で、こっちが郁のルームメイトの…」 結城は続いて、雅己に向かって右手を出した。 「…あ、畑中雅巳…です」 「いつも郁がお世話になって、ありがとう」 「あ、いえ…こちらこそ」 そして結城は2人をソファーに促し、 自分も向かい側に座った。 「…で、あいつの様子を、教えてもらっていいか?」 律也は雅己の腕を、自分の腕で小突いた。 「君から説明してくれないか」 雅己は、ゆっくり頷き… 最近の僕の状況を、結城に話した。 「…とにかく、夏休み明けてから、急に人が変わったみたいなんです。最初は、本当に…僕に約束してくれたのに…ここでは誰のことも好きにならないって…」 「…」 律也も、黙って俯いて、雅己の話を聞いていた。 雅巳は最後に… 昨夜の出来事も、結城に…話した。 「そうか…そんな事もあったのか…それはすまなかったね、ビックリしただろう?」 「あ…はい…いえ、それはともかくとして…とにかくこのままじゃ、成績も危ういし、身体にも悪いし…」 「わかった。どうもありがとう…そんなにもあいつの事を心配してくれて」 「それじゃ、俺たちこれで失礼します。郁呼んで、ここに来させます」 律也は、そう言いながら立ち上がった。 「うん。そうしてくれ。君も、どうもありがとう」 「いいえ…」 雅己も立ち上がって、律也の後を追った。 2人は礼をして…その部屋から出た。 「僕、ビックリしちゃいましたよー」 廊下を歩きながら雅己が言った。 「あの人って…郁の何なんですかねー」 「…」 律也は、無言のまま…立ち止まった。 「日野さん…?」 「ごめん!悪いけど、郁…呼んできてもらえるか? 俺ちょっと急用を思い出した」 「えっ…いいですよ…」 「悪い。よろしく…じゃあな」 そう言うと律也は、くるっと振り向き、走り出した。 …どうしても 俺はあの人に聞きたいことが…ある。

ともだちにシェアしよう!