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ぼくの居場所(1)
次の日、
僕が目を覚ましたのは、もう夕方近くだった。
何だかボーっとしたまま僕は…
そこら辺に散らかった服を、拾い集めて着て…
部屋を出た。
ザーザーっと、水の流れる音が、
廊下のもっと奥の方から聞こえた。
僕はその、音のする方に歩いて行った。
廊下の突き当たりに、
スタッフルームと書かれた部屋があった。
僕は、そのドアをそっと開けた。
「あら、起きたの?おはよう」
可淡が、洗面所に頭を突っ込んだまま、
こっちを向いた。
「…昨夜は、ありがとう…って、何してんの」
「ちょっとねー髪を染めてたのよ」
蛇口をキュッと閉めて、
彼はタオルで頭を拭きながら、僕に近寄ってきた。
「どーお?綺麗でしょ」
可淡の髪は、濡れていても分かるほど、
鮮やかな赤茶色になっていた。
「そーだわ、あんたも染めてみる?」
「…えっ…い、いいけど…」
そして僕は、なすがままに彼に捕まり…
ケープをかけられ、髪に脱色剤を塗ったくられた。
「昨夜のこと、覚えてる?」
煙草を吸いながら、可淡が僕に言った。
「うん…だいたいは」
「じゃ、この店で働いてくれる?」
「うん…構わないよ」
「そう、よかった。マスターも喜ぶわ」
そして彼は、少し真面目な表情になって続けた。
「どういう仕事か…分かるわよね?」
「…うん…」
僕はすぐに答えた。
「昨日みたいに、お客さんにすればいいんでしょ?」
「ふふっ、流石ね。その通りよ」
そしてチラッと時計を見て言った。
「そろそろ洗い流しましょ」
「待って、まだもう少し…」
「あんまりやると、まっきんきんになっちゃうわよ」
「…まっきんきん…?に、したいんだ」
こんな小さい店ではあるが、
おそらくそのスジの客層が集まるってことは、
僕を知ってる人に出会わないとは限らない。
そう考えると…なるべく見た目を変えておいた方がいいんじゃないかと、僕は思ったのだ。
「金髪にする…化粧も、してみようかな…」
「…いいんじゃない?」
可淡は止めなかった。
そして2時間後…
再び店の中へ戻った僕は、
おそらく昨夜とは別人のようになっていたと思う。
「ひゃー随分と派手になったねー」
「変ですか?」
「ううん、すごく似合う。可愛いよ」
「…どうぞ、よろしくお願いします」
他の店員たちにも挨拶をして…
僕はその夜から、ここで働くことになった。
「そんなに堅苦しく考えなくていいからね。自然にお喋りしてくれればいいよ」
「そーそー。で、もし気が合ったら、あちらへどうぞって感じで」
「分かりました…何とか、やってみます」
そして夜の20時…店はオープンした。
僕が想像してた以上に、
たくさんのお客さんが入れ替わり立ち替わり入って、
店はほとんど、ずっと満席状態だった。
でも、奥の部屋行きのお客さんは、ほとんど…
というか、始めのうちは、全くいなかった。
ただただ、接客の作業に追われていた。
「どう?調子は…」
慣れない仕事にあたふたしている僕に
マスターが訊いてきた。
「ええー…もうわけが分かりません。全然喋れない。運ぶので精一杯ですー」
「ははっ、そうだろうな…ま、初日はウェイターに専念するのがいいかもね」
「はい、そうしますー」
「氷よろしくー」
「あ、はーい!」
とりあえず初めてだし、馴染みの客もいないし…
僕はひたすら、言われた通りの飲み物を運んだり、
テーブルを片付けたりしていた。
夜の11時を過ぎると…
少しずつ奥の部屋に入る客が増え始めた。
そして店内の方も、空席が目立ち始めた。
「郁、ちょっと…」
と、テーブルについていた可淡が、僕を呼んだ。
マスターが僕の肩を叩いた。
「頑張ってこいよー」
「…はい…」
僕は少し緊張しながら、そのテーブルに近寄った。
「この子、今日からなのよ。郁(かおる)っていうの」
「…よろしくお願いします」
そのテーブルには…30代か40代くらいの、スーツを着た落ち着いた感じの男性2人が座っていた。
「こちら金山さん、食品会社の専務なのよ。こちらは葉多さん。金山さんはいつも来てくださるの。今日はお得意様の葉多さんを連れて来てくださったのよ」
「へえー随分可愛い子が入ったんだね、よろしく」
金山専務と呼ばれた男性が、手を出してきたので、
僕はその手を握り返した。
「葉多さんは、どうですか?こういう子…」
「うん、可愛いね。いくつ?」
葉多と呼ばれた男性は、
金山より少し若い感じだった。
「…言っていいの?」
僕は思わず、可淡に訊いた。
彼は、プッと吹き出した。
「…いいのよ。あのね、15なの、若いでしょ」
そして僕はしばらく、そのテーブルで…
4人で色々、お喋りしながら飲んでいた。
そのうちに…
金山と可淡が、立ち上がった。
「じゃ、あたし達はお先に、失礼するわね」
「葉多さんも、どうぞゆっくりしていってください」
「えっ…か、可淡さん…」
僕は思わず、可淡に救いの視線を送ったが…
彼は、上手くやれよ的な感じでウインクをしてみせただけで、そのまま奥へ行ってしまった。
残された葉多も、少し困った表情をしていた。
「…」
「…」
ど、どうしよう…
むしろ…ここがベッドの上だったらなー
逆に、こんなに緊張することないんだけどな…
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