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りつやのけつい(1)

結城が再び学院を訪れたのは… それから1週間後のことだった。 彼は、応接室で、律也と向かい合って座っていた。 「連絡を貰ったのに、遅くなって申し訳ない…」 「いいえ、お忙しいでしょうから」 結城を待つ間も、律也は学院内のあちこちを、 僕を探して回り続けていた。 しかし、もちろん他になんの手掛かりもなく、 彼は僕が外に出て行ったことを確信していた。 「他の友人の証言から、あいつが居なくなったのは、おそらく前回、結城さんが来てくれた日の夜だと思うんです」 「…」 「外壁に、乗り越えた形跡もありました。まあ以前、俺が教えちゃった所なんてますけどね…」 「…」 「で、ちょっと行くと電話ボックスがあって、タクシー呼べるんです。だからその線を手繰れば、行き先の見当は付くと思うんです」 「…そうか」 「何なら俺が…」 「いや…」 結城は静かに律也の言葉を遮り… ゆっくりと首を振った。 「もう私は、探すつもりは無いんだ」 「ええっ…どうして?」 律也は、結城の言葉に耳を疑った。 結城は、静かな口調で言った。 「あいつが、自分の意思でここを出て行ったということは…もうあいつが私を必要していない、ということだからね…」 「それって、どういう意味ですか?…あなた、仮にも郁の保護者なら…」 そう言いかけて…律也は、ふと考えた。 「結城さん、あなた郁の…一体何なんですか?」 結城はそれを聞くと… 胸のポケットから煙草を取り出した。 そして火をつけた。 ふぅーっと、煙を吐きながら…結城は続けた。 「私はね、日野くん…あいつを育てたくて、勝手に保護者代理になった。元々は、赤の他人だ…」 「…!!」 「だから、あいつが私の手から離れることを望んでいるというのなら…私には、止める権利はないんだ」 「…じゃあやっぱり…あなたも郁を…?」  結城は、薄ら笑いを浮かべた。 「あんなに商品価値のある身体を、放っておく手は無い。それは、きっと君にも分かるだろう?」 「…うっ」 律也は、引き出しの中身を思い出した。 結城は更に続けた。 「あいつは冬樹の事が好きだった。2人は本当に愛し合っていた」 「…」 「私は、それを知っていながら…あいつに金を取って身体を売ることを教えた」 「…!!!」 律也はそれを聞いて、ガタっと立ち上がった。 くちびるをワナワナと震わせ…結城を睨み付けた。  「あいつを、もっと育てていきたいと思っていたが…残念ながら、こういう結果になってしまったということだ。」 「…あんたは酷い人だ」 そう言って結城を睨み続ける律也に、 結城は冷静に尋ねた。 「君は…あいつを、郁を好きなのか?」 「好きだ!」 律也は力強く即答した。 「そうか…」 結城は、煙草を揉み消した。 「でも、郁は冬樹のことを忘れないよ。君がどんなにあいつを好きでも…おそらく気持ちは変わらない」 「知ったようなこと言うな。あんたなんかにあいつの保護者になる資格なんて無い!」 「…」 「俺は…あいつが、好きだ。何と言われようと…あいつの気持ちが変わらなくても…」 律也の目からは、 いつの間にか涙が溢れていた。 「もういい。あんたには頼らない。俺が探す…」 そして律也は、足早にドアに向かって歩き出した。 「俺が…あいつを見つけてみせる」 そう言い捨て…律也はドアを開けて出ていった。 バタンと、大きな音でドアが閉まった。 何故か、涙が止まらなかった。 それはおそらく…結城に対して、 律也自身がいちばん分かっていた劣等感からくる悔し涙だったんだと思う。 あの人なんかに郁を返しはしない。 必ず、俺が見つけてみせる… 律也は、廊下を走って自分の部屋に向かった。 ひとり応接室に残った結城は、 背広の内ポケットから1枚の紙を取り出した。 それは休学届だった。 名前の欄には『滝崎郁』と書かれていた。 その紙に、書き漏れが無いか確かめてから… 結城は再びそれを内ポケットにしまった。 そしてまた、煙草に火を付けた。 あの少年…郁のことを語るときの目が、 ちょっと冬樹に似ているな… また、ふぅーっと煙を吐き出し… 結城は目を閉じた。 あの目に、郁は心を動かされるだろうか… 冬樹を忘れはしなくても、目の前の… まるで冬樹のように、 自分を想ってくれる少年のあの目に… もしも、そうなったら…そのときは… 「ふふっ…」 結城は、煙草を揉み消し、立ち上がった。 そしてゆっくり部屋を出ていった。 それでも結城は、余裕の笑みを浮かべていた。 それもまた、手の内ということか 全ての糸を引いていたのは、 果たして結城なのか… それとも、彼なのか…

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