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りつやのけつい(2)
結城が事務局へ行って用事を済ませ、
学院の門を出て行こうとした頃…
律也は自分の部屋で、
電話の受話器を、ちょうど置いたところだった。
何かを決意したような表情で…
彼はもう一度、電話機に向かって呟いた。
「ありがとう…父さん…」
彼は、自分の父親に、
ある頼み事の電話を終えたところだった。
それから彼は、有り金を全て財布に詰め込んだ。
それをズボンのポケットに入れ、
ロッカーからコートを取り出した。
そして部屋の電気を消し…ドアを開けて部屋を出た。
少し考えてから…
律也は隣の、正田の部屋のドアをノックした。
コンコン。
「はい?」
すぐに正田がドアを開けた。
「あれ…律也、どしたの?」
「しばらく留守にするから、よろしく」
「えっ…」
妙に真剣な律也の面持ちに、
正田は驚いて聞き返した。
「…まさか、お前…」
「うん…」
律也は、しっかりと頷いて、言った。
「郁を探しに行ってくる…」
「…だってお前…どーすんだよ、学校の方は」
「休学届出すから…大丈夫、親父も説得した」
「…そう…なんだ」
「畑中や藤森さんにもよろしく伝えといて」
「わかった…」
「じゃあね」
「うん、気をつけて…」
始めは驚いていた上田だが…
律也の、あまりにも真剣な眼差しに、
納得せざるを得なかった。
必ず、見つけてみせる。
そしてここへ連れ戻してみせる。
それから彼は、玄関からではなく、
例の壁を乗り越えて、学院の外に出た。
少し山道を下った、やはり例の電話ボックスから
タクシー会社に電話をかけた。
おそらく郁も、
ここでこうしてタクシーを呼んだに違いない…
「はい、▲▲交通です」
「あの…ちょっとお願いがあるんですが…」
「…はあ?」
「タクシーを呼びたいんですが…あの、住所は◯◯市△△町46号の電話ボックスなんですけど…」
「あ、はい」
「それで、あの…2週間前の土曜日の深夜に、ここへタクシーを呼んだ客がいたと思うんですが…」
「…」
「その…そのとき呼ばれたドライバーの方に来て欲しいんですけど…」
「はあ…2週間前ですか…少々お待ちください…」
先方は困惑していた。
電話の向こうで、何やら揉める声が聞こえた。
律也は、それも予測していた。
しばらくして、再び電話の向こうの声が返ってきた。
「あの…そのドライバーは、ただいま…」
「料金は、倍払います!必ず払います…時間も、何時間でも待ちます!」
相手の言葉を打ち消すように、
律也はキッパリ言い放った。
「…わかりました… 」
やる気の無さそうだった電話の向こうの声も、
結局、律也の勢いに圧倒され、
彼の申し出を承諾した。
そらから1時間以上は待っただろうか…
ようやくやって来たタクシーに、
律也は乗り込んだ。
乗ってからすぐに、彼は1万円札を3枚畳んで
ドライバーに手渡した。
「ご面倒かけました。これで…倍足りますか?」
「ここの学校の生徒さんは、みんなお金持ちだねえ」
ドライバーの男が、皮肉っぽく言った。
律也は、それを気にも留めずに続けた。
「とにかく、2週間前に、おたくに乗った少年が降りた所まで行ってください」
「…わかりましたよ」
そして車は、ゆっくり動き出した。
「そのときのお客さんも、乗った途端に2万円出したんですよ」
運転しながら、彼が話しかけた。
「…そうですか…あ、じゃあ足りませんか?」
「ははっ…十分ですよ。」
律也を乗せたタクシーは、
少し渋滞に、巻き込まれたものの…
2時間も過ぎた頃には、新宿の街中に入った。
広い通りの一角で、ドライバーは車を停めた。
「ちょうど、ここです。ここで降りられました」
「そうですか…で、それからどっちへ行ったか、分かりませんか?」
「いやーそこまでは…すぐに出ちゃったもんで…」
「そうですよね…」
律也は、車を降りた。
「本当に、ありがとうございました」
そう言って彼は、タクシーを見送った。
そこは、新宿の繁華街の…まさにど真ん中だった。
眩いネオンが立ち並んで、
辺りは昼間のような明るさだった。
もう夜も更けたというのに、
ほとんどの店が、まだまだ閉まる気配もなく…
そして、その人混みといったら、
普通に真っ直ぐに歩けないくらいだった。
郁は…
一体ここから、どこへ行ったんだろうか…
律也にも、全くアテは無かった。
ただとにかく、少しでも手掛かりを見つけるために、
その近くの店に入っては…写真を見せて聞き回る…
ことくらいしかできなかった。
そこら辺に屯っている若者にも聞いてみた。
とにかくそこは、人ひとりを探すには、
店も人も…あまりにも多過ぎた。
果てしない道のりだったが…
熱い律也の決意は、堅かった。
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