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律也放浪記(1)
律也が歌舞伎町に降り立ってから、
もう1週間が経とうとしていた。
ただ、果たしない数の店を飛び込みで巡ったり、
果てしない数の人々に聞いて回るっていう…
そんなやり方を続けていたが…
既に行き詰まりを感じていた。
疲れた夜は、そこら辺のホテルに泊まった。
もちろん、その度に写真を見せた。
何の手掛かりのひとつも掴めなかった。
その夜…
律也は再び、タクシーを降りた場所に立ちすくんだ。
ここで降りて…
あいつなら、どうするだろう…
俺なら…
そこから彼は、あまり何も考えずに、
自分の足が自然に向くままに、歩いてみた。
もちろん、その辺りは既に、
毎日のように歩き回った場所だったが…
ふと彼は…
今までに気付かなかった、ある光景に出会った。
それは、
道路の真ん中で、ギターを弾いている青年だった。
律也は、街路樹の下に立ち…
彼の歌を聴きながら考えた。
ここで降りたからって、郁が新宿にいるって決まったわけじゃないんだよな…
もしかしたら、もう別の場所に移ってしまったのかもしれないよな…
彼は煙草を取り出し、火をつけた。
そうだとしたら…
いくらここで歩き回っても時間の無駄だ…
律也は、煙と一緒に大きな溜息をついた。
君のその瞳 風になびく髪 細い腕
全部はっきり思い出せる
ほんの一瞬だったのに
君は僕の全てを持っていった
律也は目を閉じて、青年の歌を聴いた。
会いたい 会いたい
君に会えるなら
明日世界が滅んでもいい
まるで…
自分の事を歌われているようなその歌詞の内容に、
律也は吸い寄せられるように、
その青年に近寄っていった。
そして、彼の前に立ちはだかった。
「…いつも、ここで歌ってるんですか?」
「…?」
青年は、ちょっと驚いて…
ギターを弾く手を止めて、顔を上げた。
「その歌…あなたが作ったんですか?」
青年は、困ったように微笑んで言った。
「どっちの質問に、先に答えたらいいのかな…」
「あっ…すいません。いい曲ですよね、なんか…俺…ジーンときちゃって…」
「どうもありがとう。そうだよ、この歌は僕が作ったんだ。ついこの間出来た曲なんだ」
「そうなんですか…」
律也は、ハッと思い出して、
急いでポケットから写真を取り出した。
「あの…この男の子、見かけたことがありませんか?2週間くらい前に、この辺に来てる筈なんですけど」
青年は、差し出された写真をじっと見つめ…
そしてしばらくしてから、再び律也を見上げた。
「この子の知り合いなの?」
「そうです!この子をずっと探してるんです」
「ははっ…そうなんだ。いや実はね…この曲は、この子をイメージして作った曲なんだよ」
「ええっ…じゃあ、知ってるんですか?」
律也は身を乗り出して、その青年に詰め寄った。
「そうだね…ちょうど2週間前の、土曜の深夜だった。その子は、さっき君が立っていた、あの木の下に座り込んで…僕の歌を聴いてくれていたんだ」
「それで…それからどこに行ったんですか?」
「…誰か、知らない男が通りかかって、その子に声をかけて、そのまま連れて行ってしまった」
「それって、どんな男ですか?どっちの方に行ったんですか?」
律也は声を荒げた。
「たぶん…その辺の店の店員だと思う。派手だったし、女言葉だったし…」
「…そっか…あいつなら、そういう奴に目を付けられてもおかしくないよな…」
律也は、すくっと立ち上がり…
意を決した表情で、青年に頭を下げた。
「どうもありがとうございます。やっと手掛かりを掴めました」
青年は、少し心配そうな表情で訊いた。
「これから、どうするの?」
「とにかく、その手の店を片っ端からあたってみます。どっかに、その店員がいる筈でしょう?」
「そうか…」
青年は、優しく微笑んだ。
「頑張って…気をつけて」
「はい」
律也は、最後にもう一度彼に会釈をしてから、
くるっと向きを変えて、走りだした。
やっと…
やっと、ひとつ手掛かりを掴んだ。
もし、郁が新宿を離れていたとしても…
あいつと接触した男が、
この近くのどこかの店に…必ずいる筈なのだ!
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