94 / 149
もうひとつのはじまり(1)
僕が可淡の店に住み込みで働くようになって、
もうすぐ2ヵ月が経とうとしていた。
街は気の早いクリスマスツリーが飾られ、
嫌でも、何だかそういう気分にならざるを得ない感じだった。
2ヵ月の間に、僕の客はどんどん増え、
今となっては、No. 1の可淡と張り合えるくらいの売上を、僕は上げていた。
「郁…あんた、こんなこと一体いつから覚えたの?」
「うーん…昔…っても去年か。ある人に誘われて、その人にお客さん紹介して貰うようになって…で、やってるうちに何となく経験値が…」
「あんたみたいな高校生がいると思うと、この国の未来に不安を感じるわよねー」
「やだー可淡がそれ言っても、説得力ない〜」
「あははは…」
店の人達とも上手くやっていた。
僕には、こういう生活がいちばん性に合ってるのかもしれないな…
そんな風に納得し始めていた頃…
とあるお客が、店を訪れた。
「どうもーご無沙汰しちゃって…」
「あらー久しぶり〜」
髭を生やしたその男は、初めて見る客だった。
「こちら、新人くん?」
「そう、ちょっと前にはいったのよ、可愛いでしょ」
可淡がその男に、僕を紹介した。
「初めまして…郁かおるです」
「よろしく…」
その男は、そう言ってから…
僕の顔をマジマジと見ていた。
「この方もね、同業者なのよーちょっとここから離れてるんだけど、こんな感じの店のマスターなの」
「こちらよりもうちょっと庶民的な店だけどね」
可淡に話を合わせながらも…
彼はずっと…僕の顔を見続けていた。
「…あの…どうかしましたか?」
たまらなくなって、僕はその男に尋ねた。
「…やっぱり、君だ」
その男は頷きながら、言った。
「…えっ?」
「君の写真を持って、君を探してる男の子がね、よくうちの店に来てるんだよ」
「えええっ?」
僕はビックリして、耳を疑った。
「髪の色も違うから、ちょっと見ただけじゃ分かりづらいけど…たぶん、君に間違いないと思う」
「…そんな…まさか…」
僕は狼狽えた。
結城さんか?…それとも…
「人違いじゃないですか?僕は…そんな…誰かに探されるようなことは、無いと思うんですけど…」
「…そうかなあ」
その男は首を傾げた。
そこへ、僕らの会話を耳にした、隣のテーブルの客が口を挟んできた。
「そいつね、たぶんうちの店にも来たよ」
「ええっ?」
僕らはそっちを振り向いた。
「俺、その手のホテルで受付のバイトしてるんだけど…写真見せられて、聞かれた。写真の顔がどんなだったか忘れちゃったけど…でも言われてみたら、あんたに似てたような気も、しなくはないな」
「…そんな…まさか」
何となく深妙な雰囲気になってしまった…
可淡が、取り繕うように、割って入った。
「まあまあ、その話はそれくらいにしときましょう。折角来てくれたんだから、楽しんでってよねー」
そう言いながら可淡は、
両方の客に水割りを手渡した。
「はい乾杯〜」
その日は、その話は、それで終わった。
ところが、数日後に再び、
その髭の客が店にやってきて、僕に言った。
「例の男の子が、また来たんだ。やっぱり君だ。彼が探してるのは君だよ」
その男の経営する店は、
新宿公園の少し先にあるらしかった。
うちの店と同様に、休憩や泊まりが出来る部屋も、いくつか用意されているらしい。
◇◇
「お、また来たのか、いらっしゃい」
「はい…今日泊まりでお願いします」
彼は、僕のことは伝えずに、
ただもう一度確認しようと思って、
その男の子に声をかけた。
「いつも、公園から来るの?」
「はい」
「毎回、相手が違うね」
「だって、同じ相手じゃ、意味ないですから。俺が欲しいのは、新しい手掛かりなんだから…」
「…そうか、まだ探してるんだ」
「ええ」
「…もう一度、その写真、見せてくれない?」
「どうぞ」
彼はポケットから差し出された写真を、
マジマジとみて、確信した。
(やっぱりあの子だ…間違いない)
「何か、心当たりでもあるんですか?」
「あ…いや…そういうわけじゃあないんだけど…」
写真を返しながら、彼は続けた。
「俺の行きつけの店でも、聞いといてやるよ」
「本当ですか?もう是非、お願いします!」
そしてその日も、行きずりの男と、
一晩を共にしたらしい。
◇◇
「…」
「寮の友だちか何かなんじゃないの?」
横から可淡が、口を挟んだ。
「…人違いですよ…そんな、まさか…」
「郁、葉多さん、帰られるそうよー」
そのとき、たまたま来ていた葉多が、
ちょうど帰り支度を始めた。
「あ、はい…じや、失礼します」
僕はその彼の側を離れ…
葉多の後ろに続いて店を出た。
2人で並んでしばらく歩いていると…
葉多が急に口を開いた。
「新宿公園の場所、教えようか?」
「えっ…なに、聞いてたんですか…」
「うん、まあねー」
「いいですよ…別に、きっと人違いですよ」
「そうかなあ…もし、もっと若い頃に君と出会ってたら、俺も追いかけてたかもしれない…」
「そんな…やめてくださいよー」
僕らは大通りに出た。
と、葉多は…急に僕の手を取ったかと思うと、
僕を引っ張って、スタスタと歩き出した。
「えっ、葉多さん…?」
いつもタクシーを拾う場所を過ぎ、
彼はその通りを、どこまでも進んでいった。
無下に振り払うことも出来ず…
僕は葉多に手を引かれたまま、ついていった。
やがて僕らは、大きなスクランブル交差点に出た。
駅とはだいぶ離れているであろうその場所も
まだまだ人がたくさん溢れていた。
その大きな信号を斜めに渡り…
もう少し行った所で、葉多は、やっと立ち止まった。
「ここを真っ直ぐ行くと…右側に公園がある」
「…」
「確かめておいでよ」
「…でも…」
「店には俺から電話しとく」
「…わかりました…」
葉多は、僕の頭を優しく撫で…
そして公園のある方に、頭を小さく振った。
僕は小さく頷き…
向きを変えて、歩き出した…
ともだちにシェアしよう!