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もうひとつのはじまり(1)

僕が可淡の店に住み込みで働くようになって、 もうすぐ2ヵ月が経とうとしていた。 街は気の早いクリスマスツリーが飾られ、 嫌でも、何だかそういう気分にならざるを得ない感じだった。 2ヵ月の間に、僕の客はどんどん増え、 今となっては、No. 1の可淡と張り合えるくらいの売上を、僕は上げていた。 「郁…あんた、こんなこと一体いつから覚えたの?」 「うーん…昔…っても去年か。ある人に誘われて、その人にお客さん紹介して貰うようになって…で、やってるうちに何となく経験値が…」 「あんたみたいな高校生がいると思うと、この国の未来に不安を感じるわよねー」 「やだー可淡がそれ言っても、説得力ない〜」 「あははは…」 店の人達とも上手くやっていた。 僕には、こういう生活がいちばん性に合ってるのかもしれないな… そんな風に納得し始めていた頃… とあるお客が、店を訪れた。 「どうもーご無沙汰しちゃって…」 「あらー久しぶり〜」 髭を生やしたその男は、初めて見る客だった。 「こちら、新人くん?」 「そう、ちょっと前にはいったのよ、可愛いでしょ」 可淡がその男に、僕を紹介した。 「初めまして…郁かおるです」 「よろしく…」 その男は、そう言ってから… 僕の顔をマジマジと見ていた。 「この方もね、同業者なのよーちょっとここから離れてるんだけど、こんな感じの店のマスターなの」 「こちらよりもうちょっと庶民的な店だけどね」 可淡に話を合わせながらも… 彼はずっと…僕の顔を見続けていた。 「…あの…どうかしましたか?」 たまらなくなって、僕はその男に尋ねた。 「…やっぱり、君だ」 その男は頷きながら、言った。 「…えっ?」 「君の写真を持って、君を探してる男の子がね、よくうちの店に来てるんだよ」 「えええっ?」 僕はビックリして、耳を疑った。 「髪の色も違うから、ちょっと見ただけじゃ分かりづらいけど…たぶん、君に間違いないと思う」 「…そんな…まさか…」 僕は狼狽えた。 結城さんか?…それとも… 「人違いじゃないですか?僕は…そんな…誰かに探されるようなことは、無いと思うんですけど…」 「…そうかなあ」 その男は首を傾げた。 そこへ、僕らの会話を耳にした、隣のテーブルの客が口を挟んできた。 「そいつね、たぶんうちの店にも来たよ」 「ええっ?」 僕らはそっちを振り向いた。 「俺、その手のホテルで受付のバイトしてるんだけど…写真見せられて、聞かれた。写真の顔がどんなだったか忘れちゃったけど…でも言われてみたら、あんたに似てたような気も、しなくはないな」 「…そんな…まさか」 何となく深妙な雰囲気になってしまった… 可淡が、取り繕うように、割って入った。 「まあまあ、その話はそれくらいにしときましょう。折角来てくれたんだから、楽しんでってよねー」 そう言いながら可淡は、 両方の客に水割りを手渡した。 「はい乾杯〜」 その日は、その話は、それで終わった。 ところが、数日後に再び、 その髭の客が店にやってきて、僕に言った。 「例の男の子が、また来たんだ。やっぱり君だ。彼が探してるのは君だよ」 その男の経営する店は、 新宿公園の少し先にあるらしかった。 うちの店と同様に、休憩や泊まりが出来る部屋も、いくつか用意されているらしい。 ◇◇ 「お、また来たのか、いらっしゃい」 「はい…今日泊まりでお願いします」 彼は、僕のことは伝えずに、 ただもう一度確認しようと思って、 その男の子に声をかけた。 「いつも、公園から来るの?」 「はい」 「毎回、相手が違うね」 「だって、同じ相手じゃ、意味ないですから。俺が欲しいのは、新しい手掛かりなんだから…」 「…そうか、まだ探してるんだ」 「ええ」 「…もう一度、その写真、見せてくれない?」 「どうぞ」 彼はポケットから差し出された写真を、 マジマジとみて、確信した。 (やっぱりあの子だ…間違いない) 「何か、心当たりでもあるんですか?」 「あ…いや…そういうわけじゃあないんだけど…」 写真を返しながら、彼は続けた。 「俺の行きつけの店でも、聞いといてやるよ」 「本当ですか?もう是非、お願いします!」 そしてその日も、行きずりの男と、 一晩を共にしたらしい。 ◇◇ 「…」 「寮の友だちか何かなんじゃないの?」 横から可淡が、口を挟んだ。 「…人違いですよ…そんな、まさか…」 「郁、葉多さん、帰られるそうよー」 そのとき、たまたま来ていた葉多が、 ちょうど帰り支度を始めた。 「あ、はい…じや、失礼します」 僕はその彼の側を離れ… 葉多の後ろに続いて店を出た。 2人で並んでしばらく歩いていると… 葉多が急に口を開いた。 「新宿公園の場所、教えようか?」 「えっ…なに、聞いてたんですか…」 「うん、まあねー」 「いいですよ…別に、きっと人違いですよ」 「そうかなあ…もし、もっと若い頃に君と出会ってたら、俺も追いかけてたかもしれない…」 「そんな…やめてくださいよー」 僕らは大通りに出た。 と、葉多は…急に僕の手を取ったかと思うと、 僕を引っ張って、スタスタと歩き出した。 「えっ、葉多さん…?」 いつもタクシーを拾う場所を過ぎ、 彼はその通りを、どこまでも進んでいった。 無下に振り払うことも出来ず… 僕は葉多に手を引かれたまま、ついていった。 やがて僕らは、大きなスクランブル交差点に出た。 駅とはだいぶ離れているであろうその場所も まだまだ人がたくさん溢れていた。 その大きな信号を斜めに渡り… もう少し行った所で、葉多は、やっと立ち止まった。 「ここを真っ直ぐ行くと…右側に公園がある」 「…」 「確かめておいでよ」 「…でも…」 「店には俺から電話しとく」 「…わかりました…」 葉多は、僕の頭を優しく撫で… そして公園のある方に、頭を小さく振った。 僕は小さく頷き… 向きを変えて、歩き出した…

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