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もうひとつのはじまり(4

それから数日後…律也は退院した。 退院のその日、僕は彼を病院まで迎えに行った。 「よかったね、もう大丈夫?」 「ああ、もうほとんど痛まないよ」 「お店でね、クリスマスパーティーと律也の退院祝いを兼ねてやるから、おいでって」 「ホント?嬉しいなー」 病院は、駅からかなり離れた場所だったが… 僕らは並んでゆっくり、歩き続けた。 「そっかあ…もうクリスマスかあ…」 「うん」 「学校…随分休んじゃったなあー…郁も来年からまた戻ってくるんだろ?」 「えっ…う、うーん…」 僕は答えに詰まった。 「そりゃあ、戻れるものなら戻りたいけど…でも、結城さんが何て言うかな…」 「関係ないよ。あの人がダメだったら、俺が続けさせてやるよ!」 「そんな…それはいいよ…」 「郁…」 突然律也は立ち止まった。 そして僕の腕を掴んだ。 「…律也…どうしたの…あっ…」 僕の言葉を堰き止めるように、 彼は僕を思い切り抱きしめた。 「郁…ホントによかった…お前に会えて…」 「…」 僕は、律也の胸の温かさに身を任せ… そのまま両腕を、彼の背中に回した。 その両腕に…ギュッと力を込めながら… 僕は小さな声で言った。 「…もし…律也の気持ちが変わってないなら…」 「…?」 「もし…こんな僕なんかで、ホントにいいなら…」 律也は、そっと僕の身体から離れた。 僕は顔を上げ…彼の目を見つめた。 「僕を…律也…君だけのものに…してくれる?」 「…郁?!」 律也は僕の言葉に、とても驚いた様子だった。 「本当に?!いいの?…ホントに、俺でいいの?」 僕は、しっかり頷いた。 そしてもう一度…彼の背中に両腕を回した。 「どうか…ずっと側にいてください…」 律也は僕を…強く強く、抱きしめた。 「離さない…側にいる、絶対に…」 そして律也は…僕の顎を持ち上げ、 くちびるを重ねてきた。 そのまま僕らは、しばらくの間、そこでそのまま立ちすくんでいた。 「ありがとう…郁…」 そう囁いて、彼は再び口付けた。 目を閉じた僕の耳に… どこからか、クリスマスソングが流れてきた。 心地良い感触に包まれて、僕は… このまま時が止まってしまえばいいとさえ思った。 僕を見つめる彼の目… 大きな手、温かい胸…それら全てが、 僕が永遠に失ってしまった冬樹のものより、ずっと真実であることを、僕は分かっていた。 そして今度こそ… それらを自分の元から離したくないと、思った。 「行こうか…」 「そうだね」 僕らは寄り添い、手を繋いで… ネオンの眩い、夜の繁華街へと向かって歩いた。 そして、その一角にある、 可淡の店に続く階段を下りていった。 「こんな所にあったのかー全然分かんなかった…」 そして僕らは、店の扉を開けた。 「ただい…」 パン!パパ!パン! パン!パーン! 開けるか開けないかのうちに、 店の中から、たくさんのクラッカーが鳴らされた。 「おめでとーー!」 「メリークリスマス!」 店内は、もうすっかり、 パーティーの準備が整っていた。 あれよあれよと言う間に、 僕らは1番奥の、2つ空いた席に連れていかれた。 「それでは改めて〜まずこちら、律也くんの退院を祝って…。それからこちら、郁くんの送別会…」 「えっ?」 可淡は気にせず続けた。 「そして今日集まってくださったお客様の皆様への感謝を込めて…」 そう言いながら可淡は、 自分のグラスを高々と掲げた。 「乾杯ー!メリークリスマス!」 「乾杯〜」 改めて店内を見回すと、随分たくさんのお客が呼ばれていた。 葉多はもちろん… 例の律也が通っていた店のマスターも呼ばれていた。 彼は、律也に近寄って言った。 「よかったね、彼に会えて」 「ありがとうございます!マスターのおかげです」 律也は、彼の手を握って、深々と頭を下げた。 「郁がいなくなったら、俺、もうここに来ないかもしれないなあ…」 葉多が呟くように言った。 「そんな事言わないでくださいよー」 可淡も言った。 「そうよー今度試しに私を指名してちょうだいよーみんなホントは葉多さんの事、狙ってたんだから」 「マジかー」 皆それぞれ、飲んだり食べたり、喋ったりしていた。 楽しい時間が、いつまでも続いていた。 そんな中…可淡が、僕をカウンターに呼んだ。 「ねえ郁、あんたらこれからどうするつもり?」 「どうって…そりゃあ…戻れるものなら学院に戻りたいけど…」 「戻って…ちゃんとやっていけそう?」 「…うん。大丈夫と思う…律也が、いるから…」 僕はチラッと律也の方を見た。 彼もこちらを気にしている様で、こっちを見ていた。 「約束できる?」 「出来ます!…って言っても、そうはいかないよね」 可淡はゆっくり手を伸ばし… カウンターの奥から、1通の茶封筒を取り出した。 「ある人からコレを預かってるのよ…」 そしてそれを、僕に手渡した。 「もし郁が…ちゃんとヤル気があるようだったら、渡して欲しいって」 僕はそれを受け取り…中を覗いた。 「…!!」 中には2枚の紙が入っていた。 そのうちの1枚は、復学届の用紙で… 既に保護者欄には結城のサインがしてあった。 「…どうして…コレを…あなたが…?」 「彼のネットワークは凄いのよ」 僕はもう1枚の紙を広げた。 そこには結城からのメッセージが書かれていた。  2度目はない。 短い言葉だったが… 結城の直筆の文字を見るのは、それが初めてだった。 「…結城…さん」 「早く彼と一緒に寮に帰んなさい」 そう言って可淡は、優しく僕の肩をポンと叩いた。 「ありがとうございます」 僕は可淡に頭を下げ、 その封筒を握りしめて、律也の隣に戻った。 「ホントに?よかったー。これでまた一緒にまた寮で暮らせるんだね」 「うん」 結城が僕の保護者であることが、 本当は律也はあまり良い気はしていなかったが… とりあえず僕を学院に連れて帰れることが、 彼にとっては何より嬉しかった。 「では改めて、郁と律也の復学を祝って、乾杯〜」 可淡が再び音頭をとった。 「乾杯〜!」 そしてその夜の宴は… いつまでも、いつまでも…続いていた。

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