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空の上のクリスマス

僕らが2度目の乾杯をしていた頃… 結城は、自分の住むマンションの… 最上階の1室を、訪れていた。 ピンポーン… 「はい」 「こんばんは…」 「あっ、結城さん?…どうぞ」 住人は、鍵を回してドアを開けた。 「久しぶりだね、どう…捗ってる?」 「…ううん…まあまあですかねー」 「邪魔しちゃったかな?」 「いいえ、それは全然大丈夫です」 住人は、結城を招き入れた。 リビングに通されると、 結城は、手に持った紙袋から、 ワインと、オードブルを取り出した。 「折角のクリスマスだからね。淋しい者同士でちょっと飲もうかと思って…」 「あはは…いいですねー。是非ご馳走になります」 住人は、食器棚からグラスや皿を出して、テーブルに並べた。 そして2人は向かい合ってテーブルについた。 「メリークリスマス…」 カチッ… 静かに乾杯してから、 2人はそれぞれのグラスに口をつけた。 「これ、俺が買ったんだ」 結城は、オードブルを指差して、誇らしげに言った。 「はあ…」 残念ながら… 結城が自分で買い物が出来たってことが… それはそれは大変な進歩だっていうことは、 よその人には伝わらないと思います… しかも、この住人さんの前でも、俺なんですね。 「郁のおかげで、買い物できるようになった…」 「…」 (この人、ときどき意味がわかんないなー) と、この部屋の住人も、常々思っていた。 「で、郁はどうしました?見つかったんですか?」 住人が言った。 「やっぱり…気になる?」 「そりゃまあ…下界のことも、少しはね…」 結城はグラスにワインを注ぎ足しながら答えた。 「見つかったよ。新宿のゲイバーで働いていた。でもおそらく、来学期には学院に戻るだろうな…」 「ゲイバー…」 住人は、苦笑した。 「写真…あるけど、見る?」 そう言って結城は、 内ポケットから、何枚かの写真を取り出した。 「…あっはっは…何、この派手なのー」 住人は、大笑いした。 その写真には、 金髪にメイク姿で店に立つ僕が写っていた。 「…でも…なんだか、随分と痩せたな…」 「そりゃあそうだろうな…何しろ冬樹が死んでしまったんだからね」 「…」 「でもね、郁を追って、学院を出てきたやつがいるんだよね…2ヶ月近くも新宿を彷徨いて、あいつの事を探し回ったんだ…」 「…」 「ようやく見つかったときに、ちょっとチンピラに絡まれて腹を刺されてしまったんだが…」 「…えっ?」 「命に別状は無かった。今日、退院してる筈だ」 「…そうですか…」 住人は、なんとも複雑な表情になった。 「俺に連絡をくれたのも、そいつだった。あれは相当、あいつに入れ込んでる」 「…」 「もしかしたら…郁も、そいつに心を動かされるかもしれない…」 「…」 結城の話を、彼は黙って聞いていた。 「そうなっても…いいのか?」 住人は静かに…煙草を取り出し、火をつけた。 「ふふっ…正直、ちょっと淋しいですね…」 彼は、ふうーっと煙を吐いた。 「でも、今の俺のやる事はひとつですからね…」 そして、自分に言い聞かせるように、続けた。 「結城さんの仰る通り、貴方の会社に入るために、大学に行かなければならない。そのために、まずは認定試験に受からなければならない…」 彼は立ち上がって、 ゆっくり窓の所まで歩いていった。 「そのために…それに向かって勉強する事が、今の俺のやるべき事です」 「…」 「早く、貴方の役に立つ人材になりたい…」 そう言いながら、 彼はじっと、自分の左手首を見た。 「その頃には…もしかしたら…あいつに会えるかな」 その住人の手首には、10センチくらいの傷跡が… まだ少し赤く腫れ上がっていた… 「俺はもう、あいつの中で死んでるんだからな…」 「…冬樹」 その部屋の住人は、冬樹だった。 一命を取り止め、退院した冬樹は、結城の野望を叶えるべく、 この部屋で、ひたすら一心不乱に勉強に明け暮れる日々を送っていた。 「もし、そのときに、あいつが他の誰かを好きになっていたら?」 「それはそれで、いいんです。だって、俺が自分で言い出した事ですからね…」 冬樹はそう言いながら、窓の外の夜景を見下ろした。 いつだったか… あいつと一緒に、こんな夜景を見たっけなー 彼は懐かしそうに、少し笑った。 「正直…やっぱりちょっと、淋しいです…」 彼はそれから、シャーっとカーテンを閉めて 再びテーブルに戻った。 「結城さん…見守ってやってください。あいつの事… どうか、よろしくお願いします…」 「了解」 頭を下げる冬樹のグラスに、 結城はワインを注ぎ足した。 そして、自分のグラスを、彼のグラスに カチン…と、ちょっとだけ当てた。 それぞれが、それぞれの思いを胸に閉まって… その年のクリスマスが過ぎようとしていた。

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