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黒い編入生(1)

キーンコーンカーンコーン… 鐘の音を聞きながら…僕は廊下を歩いて行き… とある教室の前で立ち止まった。 廊下の窓にもたれかかって、 外の景色をゆっくりと見渡した。 …もう、春だな… 茶色い枝が剥き出しになっている木々には、大きな蕾が、既にポツポツと花を咲かせていた。 また、太陽がいつの間にか、随分と高い位置にいた。 それら、目に映る景色の全てが、 春の訪れを告げていた。 僕はじっと目を閉じた。 クリスマスの日に学院に戻ってから… 僕は律也と一緒に学院内で年を越し… それからの短い3学期… 僕は本当に穏やかな日々を送っていた。 僕に言い寄ってくる者もなかった。 おそらくは、正田や藤森が、手を回してくれていたんだと思う。 雅巳とも仲良くやっていた。 勉強面では、 色々と追いつかなくて大変な部分もあったが… それは自業自得でいたしかたない。 なんとか留年は免れたものの、 残念ながら、せっかくの春休みも、 毎日、補講に追われていた。 藤森や長田…3年生は、 卒業して学院を去っていった。 今度はもうすぐ、 新たな1年生が、寮に入ってくるだろう… そんなことを考えながら… 僕は律也のいる教室の前で、彼の補講が終わるのを待っていた。 と、廊下の向こうから…誰かが歩いてきた。 1人は学院の事務員だった。 もう1人は、生徒らしかったが… 私服を着ていたので、おそらく編入生か何かだろうと、僕は思った。 特に気にも留めず… 僕はチラッとだけ、その編入生を見た。 肩まで髪を伸ばしていたその生徒は、 じっと僕の方を見ていた。 でも僕は、すぐに違う方を向いた。 ガラッ その時、教室のドアが開き…律也が中から出てきた。 「あ、ごめん…待っててくれたの?」 「うん…ちょっと早めに終わったから、来てみた」 僕らが話しているの様子を… さっきの生徒が、振り返って見ていた。 「あのさ、ちょっと俺、先生に用事頼まれちゃって…悪いんだけど、先に図書館行っててくれる?」 「ん、わかった…」 補講が終わってから、夕食までの時間、 図書館で勉強するのが、僕らの日課になっていた。 「じゃ、あとでねー」 律也はそう言って、先生の後について行った。 僕はひとりで図書館に向かった。 図書館には、誰もいなかった… 僕は中に入り… 窓際のテーブルの上に、自分の荷物を置いた。 ふと、顔を上げると… さっきの編入生が、図書館に入ってくるのが見えた。 ああ、今度は1人であちこち見て回ってるんだなー と思って…特に気にもせず、 僕はテーブルから離れ、本棚が縦にいくつも並んでいる奥の方へ歩いていった。 別に目当ての本があるわけでもなかったので、 本棚の間をフラフラと彷徨っているうちに… 僕はふと…誰かの気配を感じて立ち止まった。 次の瞬間… 僕は誰かに後ろから思い切り抱きしめられた! 「!!」 何がなんだか分からないうちに… 僕はそのまま本棚に身体を押し付けられ、 その誰かにくちびるを奪われていた。 「…んんっ」 その、くちびると舌が絡みつく感触に… 僕の身体は一瞬、ガクンと力が抜けてしまった。 でも僕はすぐに、必死に自分を取り戻し… 渾身の力で、その誰かを突き放した。 「…何すんだよっ…」 と、それは…さっきの編入生だった。 彼は、静かに微笑みながら、言った。 「ごめん…君があんまり可愛いかったんで…つい…」 そして、何事も無かったかのように続けた。 「僕は、黒岩恭吾。3年に編入するんだ。君は何年生?」 「今度…2年…」 僕はウザったそうに答えた。 「君みたいな子に会えるなんて、何か幸先良いなー」 彼は再び…僕に顔を近づけて、囁くように言った。 「ねえ、僕とつき合わない?」 僕はサッと彼をかわして、キッパリ答えた。 「悪いけど、お断りします」 そう言い捨て、僕は急いで本棚の列から走り出た。 そしてテーブルの上の荷物を掴んで、出口に走った。 「あ、ごめん、遅くなって」 ちょうど、そこへ律也がやってきた。 「あ、よかった…今日は律也の部屋でやろう」 「…えっ…いいけど」 「じゃ、早く行こう…」 何だかわけの分からない顔の律也を 強引に引っ張って、僕らは図書館を出た。 その様子を、彼…恭吾は、 本棚の影からじっと見ていた。 夕食後も、僕は律也の部屋にいた。 2人でまた、少しビールを飲みながら… 他愛もないお喋りを楽しんでいた。 「ねえ郁、部屋のことなんだけどさ、やっぱり考え変わんない?」 この時期、希望を出して、それが認められれば、 部屋替えをする事ができるのだった。 律也は、僕と同室になる事を望んでいたが、 僕は反対していた。 「うん。だって今年は律也は受験もあるし…僕も真面目にやらなきゃいけないし…」 「一緒の部屋だって出来ないかなー」 「だって、一緒にいると…こんな事したくなっちゃうじゃん」 そう言いながら僕は、律也の腕に縋り付き… 彼のくちびるに、自分のくちびるをそっと重ねた。 「ずっと一緒にいるのに、ずっと我慢してお互い勉強するなんて、たぶん耐えられない」 「そっか…そうだよなー」 そう言って、律也は…僕の肩を抱きしめ口付けた。 「…!!」 ふと僕は、誰かの気配を感じて、 バッと立ち上がり、窓の側へ走った。 「…どうしたの?」 ガラッと窓を開け… 僕は頭を外に出して、辺りをキョロキョロ見回した。 「誰かが…見てるような気がしたんだけど…」 僕はちょっと考え… 昼間の編入生のことを思い出した。 「まさかね…考え過ぎかな…」 「誰かいた?」 心配した律也が、僕の側まで歩いてきた。 「ううん…気のせいだった…みたい」 僕はそう言いながら窓を閉め… でもちょっと気になったので、カーテンも閉めた。 「誰に見られてたって構わないよ」 律也はそう言って…僕を抱きしめ、口付けた。 そしてそのまま、僕らはベッドへ倒れ込んだ。 その頃木の影で…ホッと胸を撫で下ろしていたのは、やはり…黒岩恭吾だった。 彼は、何かを思い付いたように不気味に目を光らせ… そして静かにその場から立ち去った。

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