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黒い編入生(2)

それから数日後…新しい学期が始まった。 3年生になると、普通の学級クラスではなく、 進路別のクラスに分かれるようになる。 律也は私学文系クラスにいた。 そしてそこへ、例の編入生も入ることになった。 「今年1年…と言っても、3年生は受験があるから、実質1年も無いかもしれないが…」 担当の先生が、皆に編入生を紹介した。 「黒岩恭吾です。前は埼玉の学校に行ってました。寮生活は初めてなので、よろしくお願いします」 短い挨拶を終え、彼は席に向かって歩いてきた。 そして…偶然にか、故意にか… とにかく、律也の隣で立ち止まった。 「ここ…空いてる?」 「どうぞ」 律也はニッコリ笑って彼に言った。 彼は律也の隣に座り、 教科書やノートを机の上に広げた。 そして、小さな声で、律也に話しかけた。 「君…1階の人でしょ?」 「そうだよ。じゃ、君もあの棟にいるんだ」 「うん…3階」 「そうなんだー全然気付かなかったよ。寮、初めてなんだって?」 「うん…色々教えてね」 「俺、日野律也。みんな律也って呼んでっから」 「僕も、恭吾でいいよ」 「よろしくね」 「こちらこそー」 そう言いながら2人は、手を握り合った。 そして、その日は1日中… 恭吾は律也の隣で授業を受けた。 その日の授業が全て終わって… 律也と恭吾は、並んで自分たちの部屋へ向かって歩いていた。 「おい、律也」 と、後ろから誰かが律也を呼び止めた。 振り返ってみると、 正田弘真が、こちらへ向かって走ってきた。 「あのさ…」 そう言いながら弘真は、ちらっと恭吾の方を見た。 「あ、こちら黒岩恭吾。俺らのクラスに編入してきて、この3階に入ったんだって」 「よろしく…」 恭吾は右手を差し出した。 「俺は正田弘真。律也の隣の部屋ーよろしく」 弘真は、その手を軽く握り返した。 「…で、何?」 「うん、ちょっと観たいビデオがあってさー律也持ってないかなと思って…」 弘真は、ポケットからメモを取り出して、 律也に見せた。 「…これ」 「…いや、それ俺は持ってないわ」 「そっか、残念…他あたってみるわー」 「僕、それ持ってますよ」 と、恭吾が2人の会話に割って入った。 「マジでー? 貸してもらえたりする?」 「いいですよ、じゃ今から取ってきます」 「サンキュー。よかった、嬉しいわー」 「じゃあ、ちょっと待っててね」 そう言って恭吾は、階段を駆け上がって行った。 その事があってから… 恭吾は弘真とも、割と仲良くつき合うようになった。 いつの間にか、律也と恭吾と弘真と、弘真の悪友たちとが、何となくいつも連んでいるようになった。 新学期が明けて最初の土曜日… 僕は、律也の部屋を訪れた。 「ちょっと久しぶりだね…」 律也は僕の髪を撫でながら言った。 「何か面白いこと、あった?」 僕は訊いた。 「うん、あのね、編入生が来たんだ」 「へえーそうなんだ」 僕は心の中で、あの生徒の事を思い浮かべながら… でも、知らん顔で答えた。 「そいつ、ここの3階にいるんだけど…実は今夜、そいつの部屋で歓迎会をやる事になってさー」 律也は、若干申し訳なさそうに言った。 「あ、そうなんだ…じゃ、どうしようかなー」 僕は平静を努めて、答えた。 「郁も一緒に行こうよ」 「いや…悪いけど、遠慮しとく」 僕は出来ることなら、 その編入生と顔を合わせたくなかった。 「そっかー。じゃ、なるべく早く戻って来るわ」 「別に全然気にしないでいいよ、勝手にやってるから。いってらっしゃい、ごゆっくりー」 「そう?ごめんね…じゃちょっと行ってくる」 律也は少し淋しそうに… そしてとても申し訳なさそうに、部屋を出て行った。 僕は、冷蔵庫からビールを取り出し… ソファーにどっかり座って、 テレビのリモコンのスイッチを入れた。 別に1人で待っているとしても、 この部屋の居心地は、とても良かったのだ。 何もない僕らの部屋とは大違いだ。 僕は缶ビールを開けて、一気にゴクゴク飲んでから、 テーブルの上の煙草を1本取って、火を付けた。 あいつ…黒岩恭吾…とか言ってたな。 僕はすぐに首を振って、その名前を忘れようとした。 そして、なるべくあの事を思い出さないように、 テレビに熱中していった。 あんなヤツと… 二度と関わりたくない! 『追記』 さほど…どうでもいい事ですが… この回より、正田弘真くんの人称が 『正田』から『弘真』に変わります。 彼はこの先、割と長いこと郁くんに関わっていくことに…なるかも、ならないかも。

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