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黒い編入生(7)

その頃、弘真の部屋では、 恭吾が深妙な顔で、弘真と向かい合っていた。 「まあ、飲めよ…そんな良い酒じゃないけど」 「…うん」 出された水割りを半分ほど飲み干してから… 恭吾は切り出した。 「さっきの…見たでしょ?」 「あ、うん…郁と、何話してたの?」 「実はね…この前あの子が僕に言い寄ってきたんだ」 「えっ…何て?」 「何って…ちょっと言い辛いんだけど…」 「えっ…まさか…」 「…うん…僕、てっきりその例の同好会の子か何かと思ってさ…結構可愛いし、断る理由も無かったから」 「えええっ…じゃ、お前…」 「…1万…出したけどね」 「嘘だろー!…だって、あいつ…」 「そう…そうなんでしょ?その後で知ったんだ。あの子が律也とつき合ってる子だって…」 弘真は相当ビックリして…ドカっとソファーに座り、 自分も水割りをグイっと飲んだ。 「さっきもね…誘われてたんだ…でも、律也の彼氏だって分かったから、もう出来ないって断ろうとしたんだけど、そんなの気にするなって…」 「…」 「弘真が出てきてくれて、ホントによかった…」 「…律也とつき合う前のあいつなら、そういう事も無きにしも非ずだけど…まさかねー」 「じゃあ弘真…僕が嘘ついてるって言うの?」 「いや…そうは言ってないけど…」 そして弘真はグラスをテーブルに置き、 恭吾の目を真っ直ぐに見て、訊いた。 「でもお前…確かに、あいつと寝たのか?」 「…うん」 恭吾は小さい声で…でもハッキリ答えた。 「…」 弘真は、恭吾の告白を、 信じていないわけでは無かったが… 100パーセント信じたというわけでも無かった。 でも…郁と恭吾がやったってのが真実だとしたら… 先日の歓迎会で自分が眠ってしまった件も含めて、 弘真は恭吾に対して、一抹の疑いを抱き始めていた。 そして次の日の夕方… 弘真は、僕の部屋を訪ねた。 「あれ…弘真、どうしたの?珍しいね」 「ちょっと…いいか?」 彼は僕を外へ連れ出した。 中庭を抜け…誰もいないテニスコートを抜け… 外壁の近くまで来て、ようやく彼は立ち止まった。 「…ちょっと、聞きたい事がある…」 「…何?」 「実は…昨夜…」 弘真は、恭吾の言った通りの内容を、僕に伝えた。 「…って、あいつは言ってたんだけど…。一体どういう事なんだ?本当なのか?」 僕は思わず、笑ってしまった。 「あはははっ…そんな風に言ったんだー」 「…やっぱり、嘘だったのか」 「…うん…ま、半分くらいは本当だけどね…」 僕は思い切って… 今までの出来事を全部、弘真に打ち明けた。 「…マジか…」 「あんたはあいつと友だちだからね、別に信じてくれなくても仕方ないけどね」 「…律也は知らないんだろ?」 「…うん」 「どーすんだよ」 「…うん…」 僕はじっと下を向いた。 弘真に全てを話してしまった事で、 少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。 …と、自然と涙が溢れてきた。 「…どうしたら…いいんだろう…」 「…郁」 弘真は、そっと僕の肩を抱いた。 「お前の意思でした事じゃないんだから、きっと解ってくれると思うけどな…」 僕はそのままうっかり… 弘真の胸に顔を埋めて、泣き崩れてしまった。 彼は、ポンポンと、僕の背中を優しく叩いた。 それでも僕には、 律也に打ち明ける勇気がなかった… それからも僕は、サークルを口実に律也を避けた。 サークル内のバンドでは、楽器の出来ない僕は、 ボーカルをやらせてもらっていた。 歌詞を覚えることと、律也の受験勉強を理由に、 たまに彼の部屋に行ったとしても、 泊まらずに部屋に帰るようにしていた。 表面は必死に取り繕っていたが… 2人きりでいればいるほど、僕は… 罪の意識に苛まれた。 自分が苦しくなっていくのが辛かった。 律也も、そんな僕の様子に気付かなかった筈がない。 不信を抱かない筈は無かっただろう。 それでも彼は、何も聞いてはこなかった。 実際、律也は、確かめる事が怖かったのだ。 そんな彼の心には、 歪んだ不信感が、少しずつ生まれていた。 郁は、確実に俺を避けている… 俺に何かを隠しているのは、間違いない。 でも、俺は… それを知るのが怖い。 そもそも、俺なんかでは、 郁にとっては、やっぱり役不足なのかもしれない… 俺だけのものになるって言ったって… 所詮こいつは、 あの人(結城)の所有物なんだものな…

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