107 / 149
黒い編入生(7)
その頃、弘真の部屋では、
恭吾が深妙な顔で、弘真と向かい合っていた。
「まあ、飲めよ…そんな良い酒じゃないけど」
「…うん」
出された水割りを半分ほど飲み干してから…
恭吾は切り出した。
「さっきの…見たでしょ?」
「あ、うん…郁と、何話してたの?」
「実はね…この前あの子が僕に言い寄ってきたんだ」
「えっ…何て?」
「何って…ちょっと言い辛いんだけど…」
「えっ…まさか…」
「…うん…僕、てっきりその例の同好会の子か何かと思ってさ…結構可愛いし、断る理由も無かったから」
「えええっ…じゃ、お前…」
「…1万…出したけどね」
「嘘だろー!…だって、あいつ…」
「そう…そうなんでしょ?その後で知ったんだ。あの子が律也とつき合ってる子だって…」
弘真は相当ビックリして…ドカっとソファーに座り、
自分も水割りをグイっと飲んだ。
「さっきもね…誘われてたんだ…でも、律也の彼氏だって分かったから、もう出来ないって断ろうとしたんだけど、そんなの気にするなって…」
「…」
「弘真が出てきてくれて、ホントによかった…」
「…律也とつき合う前のあいつなら、そういう事も無きにしも非ずだけど…まさかねー」
「じゃあ弘真…僕が嘘ついてるって言うの?」
「いや…そうは言ってないけど…」
そして弘真はグラスをテーブルに置き、
恭吾の目を真っ直ぐに見て、訊いた。
「でもお前…確かに、あいつと寝たのか?」
「…うん」
恭吾は小さい声で…でもハッキリ答えた。
「…」
弘真は、恭吾の告白を、
信じていないわけでは無かったが…
100パーセント信じたというわけでも無かった。
でも…郁と恭吾がやったってのが真実だとしたら…
先日の歓迎会で自分が眠ってしまった件も含めて、
弘真は恭吾に対して、一抹の疑いを抱き始めていた。
そして次の日の夕方…
弘真は、僕の部屋を訪ねた。
「あれ…弘真、どうしたの?珍しいね」
「ちょっと…いいか?」
彼は僕を外へ連れ出した。
中庭を抜け…誰もいないテニスコートを抜け…
外壁の近くまで来て、ようやく彼は立ち止まった。
「…ちょっと、聞きたい事がある…」
「…何?」
「実は…昨夜…」
弘真は、恭吾の言った通りの内容を、僕に伝えた。
「…って、あいつは言ってたんだけど…。一体どういう事なんだ?本当なのか?」
僕は思わず、笑ってしまった。
「あはははっ…そんな風に言ったんだー」
「…やっぱり、嘘だったのか」
「…うん…ま、半分くらいは本当だけどね…」
僕は思い切って…
今までの出来事を全部、弘真に打ち明けた。
「…マジか…」
「あんたはあいつと友だちだからね、別に信じてくれなくても仕方ないけどね」
「…律也は知らないんだろ?」
「…うん」
「どーすんだよ」
「…うん…」
僕はじっと下を向いた。
弘真に全てを話してしまった事で、
少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
…と、自然と涙が溢れてきた。
「…どうしたら…いいんだろう…」
「…郁」
弘真は、そっと僕の肩を抱いた。
「お前の意思でした事じゃないんだから、きっと解ってくれると思うけどな…」
僕はそのままうっかり…
弘真の胸に顔を埋めて、泣き崩れてしまった。
彼は、ポンポンと、僕の背中を優しく叩いた。
それでも僕には、
律也に打ち明ける勇気がなかった…
それからも僕は、サークルを口実に律也を避けた。
サークル内のバンドでは、楽器の出来ない僕は、
ボーカルをやらせてもらっていた。
歌詞を覚えることと、律也の受験勉強を理由に、
たまに彼の部屋に行ったとしても、
泊まらずに部屋に帰るようにしていた。
表面は必死に取り繕っていたが…
2人きりでいればいるほど、僕は…
罪の意識に苛まれた。
自分が苦しくなっていくのが辛かった。
律也も、そんな僕の様子に気付かなかった筈がない。
不信を抱かない筈は無かっただろう。
それでも彼は、何も聞いてはこなかった。
実際、律也は、確かめる事が怖かったのだ。
そんな彼の心には、
歪んだ不信感が、少しずつ生まれていた。
郁は、確実に俺を避けている…
俺に何かを隠しているのは、間違いない。
でも、俺は…
それを知るのが怖い。
そもそも、俺なんかでは、
郁にとっては、やっぱり役不足なのかもしれない…
俺だけのものになるって言ったって…
所詮こいつは、
あの人(結城)の所有物なんだものな…
ともだちにシェアしよう!