109 / 149
律也のもうひとつの逢着(1)
その頃律也は、
父親の会社の創立記念パーティーの会場にいた。
親族はもちろん、取引先などの関係者が大勢招待され
会場はとても賑わっていた。
その中で律也は、特に親しく話す相手もなく…
ただひたすら、飲み食いに専念していた。
「やっぱり無理にでも、郁を連れてくればよかったかなー」
律也はつまらなそうに、ボソッと呟いた。
「君も出席していたのか…」
と、急に誰かが律也に声をかけた。
律也は振り返った。
「あっ…結城さん…!」
結城も彼の父親の会社と取引があるのだから
出席している事に、何の不思議も無かった。
「久しぶりだね、どう?調子は…」
「…ええ、まあ…」
律也は、若干バツの悪そうな表情で答えた。
「あいつとは…上手くいってる?」
「…まあ、最初のうちはよかったんですけどね…」
「何か、あったのか?」
「いや…別に、そういう訳ではないんですけど…」
言いながら律也の胸に…
例の不信感が込み上げてきた。
「…やっぱり、僕には難しいのかもしれません…」
「…そうか?」
と、他の誰かが結城の肩を叩いた。
「ああ、どうも…」
彼は、その相手に挨拶をした。
「じゃ、失礼するね。あいつによろしく言っといて」
そう言って結城は、その相手に連れられ…
何だか偉そうな人物に紹介されて、握手をしていた。
「…あの人も顔が広いよなー」
呟きながら彼は…
結城への劣等感に苛まれていく自分の気持ちを、
どうにも抑えることが出来なかった。
そしてまた律也は1人で、酒を飲んでいた。
すると…
「…あの…もしかして、律也くん?」
誰かがまた、律也に声をかけてきた。
「…えっ?」
彼が驚いて振り向くと、そこには…
律也と同じ歳くらいの女の子が立っていた。
「あの…覚えてないかな…昔、父にあなたの家に連れてってもらって、よく遊んでもらってたんだけど…」
「…えーっと…あっ、もしかして…美咲ちゃん?」
「そう!すっごく久しぶりだねー」
「うん、すごいビックリしたよ…全然分かんなかったわ…可愛くなっちゃって…」
「やーだ、そういう律也くんだって、めっちゃカッコよくなってるしー」
それは、子どもの頃…
父親と一緒によく律也の家に遊びに来ていた
中谷美咲という女の子だった。
久しぶりに出会った2人は、親しげに喋り合った。
「よかったよー美咲ちゃんがいて。他に話の合いそうな人全然いないから、すげー持て余してた」
「あたしもー。でもね、もしかしたら…律也くんに会えるかなーって、ちょっと期待してたんだー」
しばらく喋ってから、美咲が言い出した。
「ねえ、ちょっと外に出ない?」
「…そうだね、そうしよっか…」
そして2人は、こっそり会場を抜け出した。
広いホテルのロビーを通り抜けて…
2人は中庭に出た。
「はぁー外は静かだね…あ、見て、キレイな月…」
「…ホントだ…」
2人は並んで、夜空を見上げてた。
美咲は、とても気さくな女の子だった。
一緒にいても、何も気を使わずに済んだ。
むしろ律也は…彼女との他愛ない会話で、
心が安らいでいくのを感じてしまっていた。
「ねえ…律也くんって、彼女いるの?」
「え…うーん…彼女は…いないな」
「彼女は…ってどういうこと?」
美咲はちょっと考えて、続けた。
「あ、そっか…律也くんて全寮制の男子校だもんね。じゃ、もしかして…彼氏ならいるってこと?…なーんちゃって…」
「…」
「…えっ…まさか…本当?」
「…うん」
「ええーーそうなんだー…どんな人?」
「うん…まあ…結構可愛い子…」
「へええー」
「…でもね…なかなか難しいんだよねー」
「そうなの?どんな風に?」
律也は美咲に、自分の事を色々と話した。
話すことで…何となく、
自分の心が軽くなっていくような気がした。
「なんか…こんなに色んな事人に喋るって…俺、初めてかも…」
「律也くんって、若いのに色々苦労してるんだねー」
美咲は、律也の話を聞いても、さほど驚く様子もなく
むしろ、一緒に解決策を考えてくれようとさえした。
やがて、時間が過ぎ…
招待客が、少しずつ外へ出始めた。
「あ、そろそろお開きだな…」
「そうだね、もう戻らなきゃ」
2人は建物の中に戻った。
「今日は君と話せてよかった。とても楽しかった」
「私も…じゃ、また今度ねー」
そう言うと美咲は、
さっさと走って向こうに行ってしまった…
「あっ…」
何かを言おうとして…
でも律也はすぐに立ち止まった。
「また今度…って…連絡先も何も知らないのに…」
そして黙って歩いて…
会場の出口で招待客に挨拶をしている、自分の父親の隣に並んだ。
招待客が通るたびに、頭を下げ、会釈をしながら…
彼の心の中は複雑だった。
かなり最後の方に…美咲と、彼女の家族が通った。
「バイバイ」
美咲は律也に向かって軽く手を振り…
そのまま出ていってしまった。
「中谷さんとこのお嬢さんと話したのか?」
律也の父親が、彼に言った。
「えっ?…う、うん…」
「綺麗になったよなぁ…女の子ってのは、本当に変わるもんだなあ…」
「…そうだね」
そして父親は、律也の耳元で囁いた。
「どうだ律也…男の子もいいかもしらんが、女の子も悪くないだろ?」
「…バカ!!」
律也はビックリして、父親に叫んだ。
「あっはっはっ…」
律也のお父さんって、すごい…
ともだちにシェアしよう!