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黒い謀略(1)

翌日、律也は… 彼女の出現に、少しだけ心を動かされて… 複雑な思いで学院に戻った。 「おかえり…律也…」 「…ああ、ただいま…」 出迎えた僕の心も複雑だった。 以前のように素直に相手を見つめることが、 お互い難しくなっていたこともあって 僕らは、その後しばらく… どちらからとも誘い合うことは無かった。 例の黒岩恭吾も…特に何も動きを見せなかった。 そして、期末試験も終わり… 夏休みを前にして、 久しぶりに律也が、僕に声をかけた。 「夏休み…どうするの?」 「…特に決まってない…」 「じゃ、今日この後、俺の部屋で相談しない?」 「…わかった…じゃ、後で行くね…」 そう約束して、僕らは別れた。 部屋に戻ると、 もう雅巳は、家に帰る荷物をまとめていた。 「郁は今年はどうするの?」 「うーん、まだ決まってない」 「そっか…僕はもう出るけど…」 「うん」 「今年はちゃんとしててよね、郁!」 「あはははっ…わかった、大丈夫だと思うー」 そう笑って、僕は雅己を見送った。 その頃、律也も自分の部屋に戻った。 ドアを開けようとすると… 「…?」 ドアの下に… 茶色い分厚い封筒が、ねじ込まれているのが見えた。 「…何だこれ…」 律也はそれを引っ張り出して、マジマジと見た。 そしてそれを持って、部屋の中に入った。 ー 日野様 ー 封筒の表には、そう書かれていた。 律也はソファーに腰を下ろして、 その封筒の端を、ビリビリと破いた。 「……!!!」 その中身は… 数枚の写真と、1枚の便箋だった… 律也の身体が凍りついた。 「…何だよ…これ…」 震える手で、律也は便箋を開いた。 そして書かれてある、 ワープロの機械的な文字を…読んだ。  日野律也様  私は以前、滝崎郁くんと関係をもったことのある  この学院の一生徒です。  郁くんが日野さんとつき合うようになってからも  彼の事が忘れられず、ストーカー的な行為をして  いましたところ、偶然にもこのような写真が撮れ  ました。卑怯な手かもしれませんが、正式な彼氏  である日野さんに、ご報告させて頂きます。 そして律也はもう一度、その数枚の写真を… 1枚1枚ゆっくりと…見た。 それは、僕が… 恭吾の部屋のベッドで、彼に抱かれている写真… 外壁の近くで、弘真に肩を抱かれている写真… 弘真の部屋で、彼に頭を抱きしめられている写真… 僕の部屋で、僕が恭吾のモノに跪いている写真… 僕が…恭吾と弘真と絡んでいる写真ばかりが、 何枚も続いていた。 「……」 律也は茫然とした… コンコン。 「律也…入るよ」 ちょうどそこへ…僕が彼の部屋に入ってきた。 ソファーに座ったまま…固まったまま 律也は何も言わなかった。 「どうしたの?」 「…」 僕は、辺りを見回した。 そして… テーブルの上に散乱する、写真と手紙が… 僕の目に入った。 「…!!!」 僕は血相を変えて…それらをじっと見据えた。 心臓が止まりそうになった… 「…」 しばらくして僕は…大きな溜息をつき… 律也の方を見た。 「…律也」 律也は、僕の方を見ようとはしなかった。 「…律…」 「何か…言うことは、あるのか?」 異常なほど、落ち着いた口調で彼が言った。 僕も、覚悟を決めた。 「…あるよ。いっぱいあるよ…」 そしてもう一度、テーブルの写真を見た。 「…あるけど…そこに写ってるのは…真実だよね…」 その言葉を聞いた途端、 律也は立ち上がり、後ろを向いたまま言い捨てた。 「出てって」 「…」 僕はもう…何も言えなかった… おそらく、この手紙も写真も… あいつの仕業に違いないことは分かっていた。 でも、それを弁解する以上に… その写真の中の真実が、僕の言葉を失わせた。 「…」 黙って僕は…部屋を出ていくしか無かった。 バタン。 どういう理由があるにせよ、 あいつは俺に隠れて他のやつとやってたんだ… やっぱり無理だったんだ。 あの郁を…俺だけのものになんて、 出来る筈が無かったんだ… それが、そのときの律也の…正直な気持ちだった。 律也はそのまま… その場に立ち尽くしていた。 コンコン。 どれくらい時間が経ってからだろうか… 誰かが、律也の部屋を訪れた。 「律也…いる?」 弘真だった。 「…」 やっとの思いで振り返った律也は…弘真を見た。 「何…どしたの、お前」 その形相を見て、弘真は驚いて訊いた。 「…それ」 律也は頭を振って、テーブルの上を指した。 弘真は、促された方を見た。 「…何だ、これ…」 それをゆっくり手に取り…1枚1枚見終わってから、 弘真は再び、律也を見た。 「…お前は、知ってたの?」 「律也…ちょっと待て、これは…」 「知ってたんだろ?」 「落ち着けよ、律也…聞いてくれよ」 「俺のこと…騙してたんだ」 「そうじゃない…これは、恭吾が…」 「…聞きたくない…」 弘真は思わず、律也に詰め寄り、 彼の襟元に手を伸ばした。 律也はその手を、バシッと振り払った。 そして弘真の横をすり抜けて、 ドアに向かって走って行った。 バタン! タッタッタッ… 走り去る足音が小さく消えていった。 律也は出ていった。 そのまま、何も持たずに、その足で… 学院を出ていってしまった。 心配した弘真は、すぐに僕の部屋に駆け込んできた。 「郁…」 「ありがとう弘真…でも、もうどうにもならない…」 絶望感に打ちひしがれる僕に、 かける言葉を失った弘真は… 後ろ髪を引かれながらも…出ていくしかなかった。 律也は許してはくれないだろう… 僕が他のやつに抱かれたこと… そしてそれを隠していたこと… …もう終わりだ… 僕はひとり…ベッドに倒れ込んだ。 辺りが暗くなった頃だった。 ガチャッ…と静かに、ドアが開く音がした。 「…?」 僕は、ピクッと身体を震わせた。 もう…嫌な予感しかしなかった。 僕はすぐに逃げ出せるよう、心の準備をした。 と、 コロコロ…と、何かが転がる音がしたかと思うと… プシューーっと、白い煙が噴き出て… 部屋中が真っ白になった! 「…!!?」 突然の事態に面食らって、 気が動転して動けなくなっていた僕は… 誰かにガッシリと…首を掴まれた。 「…ううっ…」 その手は、僕の首を…グリグリと締め付けた。 …息が…出来ない… 「…黒…岩…」 そう確信したときには… もうだんだん目の前がチラチラとしてきて… 僕は、いつかのように、 また…意識を失った。 恭吾は僕の身体を抱きかかえ… 人目につかないように連れ出した。 そして僕は、恭吾の車で… 学院の外へ、連れ出されて行った。

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