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律也のもうひとつの逢着(2)
「……」
着の身着のまま、何も持たずに寮を出た律也は…
タクシーにさえ乗らず、ひたすら1人で歩いた。
頭の中は、グルグル回っていた。
(やっぱり俺じゃ役不足だったんだ…あいつは、俺に隠れて、弘真や恭吾と関係をもっていたんだ…)
僕からも、弘真からも…
言い訳を聞く気には、なれなかった。
(…所詮俺なんか…)
そんな劣等感と不信感が…
完全に彼の思考を支配してしまっていた。
何時間も歩いて…
律也はついに、駅にたどり着いた。
ポケットに入っていた小銭で、彼は切符を買い…
電車に乗り込んだ。
どこへ行く?
それさえ、考えられなかった。
そのまま電車の窓際に立ちすくんだまま…
時間だけが過ぎていった。
気付くと、都心の終点まで来ていた。
大勢の人の流れに押し出されるように、
律也も電車を降りた。
(とりあえず…家に帰るか…)
もう辺りはすっかり暗くなっていた。
普段の律也なら、迷わずタクシーを使うところだが、
その金も気力も無かった彼は、
トボトボと、歩き続けるしかなかった。
実際、その都心の終点の駅から律也の自宅までは、
歩いて行けない距離では無かった。
それでも1時間近くは歩いただろうか…
ようやく、彼の家の壁が見えてきた。
社長宅である律也の家は、学院ほどではないが、
高い壁で囲まれた豪邸だった。
壁に沿って曲がり…
正面門のある方へ行こうとしたとき…
ふと、律也の目に…ある人影が映った。
「…あれっ…」
「…!!」
その人影は、律也を見つけると、
飛び上がって驚いた。
「…りっ…律也…」
「…あ、美咲…ちゃん…?」
それは…
この前パーティーのときに出逢った、美咲だった。
「何してんの…こんなとこで…?」
美咲は決まりが悪そうに…
少し照れながら答えた。
「あ、あのね…夏休みでしょ…もしかして、家に帰ってるかなーって思って…」
彼女は、すぐ近くに停めてあった、
自分のバイクを指して続けた。
「絶対、車で来ると思ったのに…そしたらアレで通りかかる振りして、偶然会ったみたいにしようと思ってたのに…」
そして、肩をすくめて、溜息をついた。
「まさか歩いてくるなんて、目論みが甘かった…」
その横顔が、何だかとても可愛く見えて…
律也は目を細めた。
「くっくっくっ…言わなきゃ分かんないのに…俺、偶然だと思ったのに」
「ああーそっか…いやー私ってつくづくダメだわ」
「あはははっ…でも何で、俺の事なんか、待っててくれたの?」
「…えっ…あ…あの…それは…」
美咲はバイクのシートの中から、
ヘルメットを取り出しながら…
モゴモゴと、小さな声で言った。
「ちょっと…好きに…なったから…かな…」
「…」
「あはは、なんてねー気にしないで、いいのいいの、別にお友だちでいいの!」
律也は、美咲の突然の告白に、とても驚いたが…
自分が今…グルグルと思い悩んでいたもの全てから、その言葉は、彼を解放していった。
律也はむしろ…
そんな風に自分の心が軽くなっていくことに驚いた。
(…この子と一緒にいたい…)
それが、そのとき彼の心に湧いて出た、
正直な気持ちだった。
「せっかくだから、どっか…行こうか」
「いいよ、じゃあ…後ろ乗って」
美咲はシートを開けて…もうひとつヘルメットを出し
それを律也に渡しながら言った。
「俺が前に乗るよ」
律也は慌てて言った。
「ダーメ!だって律也…免許持ってないでしょ?」
「持ってないけど 乗れるよ」
「ダメダメ…捕まったら大変。ホラ、後ろ乗って!」
そう言いながら美咲は、
さっさと前に乗って、エンジンをかけた。
律也も渋々…後ろに乗った。
「大丈夫。私、皆によく運転上手いって言われてるから。ちゃんと掴まっててね」
ブロロロロ…
そして美咲は、バイクを走らせた。
「…どこに行きたい?」
「…どこでも…」
「…わかった」
美咲はそう言って…どこか目的地を決めた風に
黙ってどこまでも、走り続けていった。
気持ちいい夜風を切って、
律也は自分の目の前の、彼女の背中を見つめた。
(…俺は…何をしてるんだろう…)
不思議とすっかり軽くなった心で、
律也は自分に問いかけた…
(…いや、もう何も考えたくない…)
彼は目を閉じて…
ただただ、
今の自分の欲するままに、身を任せることに決めた。
例えこのまま、僕への想いが…
夜風に飛ばされて
粉々に舞い散ってしまったとしても…
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