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奪還(1)

「…」 弘真は黙ってその部屋を出た。 渡してくれだって? あのヤロウ…今度は何を企んでるんだ… 次の日、再び学院を出た弘真は… 今度はいったん真っ直ぐ自分の家に帰った。 そして改めて… 自分の車で家を出て、律也の家に向かった。 いつの間にか、弘真は既に免許を持っていたのだ。 律也を拾って… 2人は、その紙に書かれた住所に向かった。 高速道路を数時間走り… 出口を抜けて…更に1時間以上は走っただろうか… 車は、山道の中の別荘街に入った。 いくつもの脇道があった。 「…これだな…」 呟きながら、弘真の車は、 その中の1つを、曲がっていった。 しばらく進むと、建物が見えてきた。 特に何てことは無い、普通の一戸建ての別荘だった。 中から灯りが漏れていた。 敷地内に車を停めて、2人は車を降りた。 バタン。 そして建物の玄関に向かった。 「…行くぞ…」 弘真は、大きく息を吸い込んだ。 「…うん」 律也も頷いた。 ピンポーン… 弘真が呼び鈴を鳴らした。 中から足音が近付いてきて… ガチャッと鍵が開けられた。 そして静かにドアが開いた。 「あれっ?…よくここが分かったね。いらっしゃい」 恭吾がわざとらしく驚いた顔で言った。 「郁を迎えにきた。それだけだ…」 弘真は強い口調で言った。 「…わかったよ…まあ、入って」 弘真は、渋々中に入った。 律也も後に続いた。 彼らをリビングに招き入れ…恭吾は言った。 「まあ、座って待っててよ…彼、今シャワー浴びてるからさー」 「…なに?」 弘真は驚いて、恭吾を睨み付けた。 「まあ座って。落ち着いて僕の話も聞いて欲しい」 律也は黙ってソファーに座った。 弘真も、溜息をつきながら、その隣に座った。 「何か飲む?」 律也は黙って首を振った。 弘真は、嫌味っぽく言った。 「お前の所で出るものには、何が入ってるか分かんないから、やめとく」 「ははっ…キツいなー」 恭吾は、自分分だけ水割りを作り… そのグラスを持って、彼らの向かいに座った。 「確かに…僕、本当に律也には悪い事をした。弘真にもね…」 彼はしおらしく言った。 「本当に悪かったよ…ごめん」 言いながら恭吾は、2人に向かって頭を下げた。 「…でも、これが僕に思い付く精一杯の方法だったんだ。郁を一目見たときから好きになってしまって…どうしたら彼に振り向いてもらえるか考えて…」 そして彼は律也の方を見た。 「郁と律也って、本当に仲が良かったから…尋常なやり方では、ダメだと思ったんだ」 「…」 「結果…律也を、すごく傷つけてしまったよね…」 律也は黙っていた。 「そこまで反省してるんなら、さっさと郁を返してもらおうか…」 弘真が言った。 「うーん…でも…それは、どうかなー」 「なに…!?」 「もちろん郁にも、正直に謝って、僕の気持ちを話したんだ。そしたら、彼…許してくれるって」 恭吾はしれっと続けた。 「それで、このまま僕と一緒に、ここで夏休みを過ごしてくれるって、言ってるんだけどな…」 「嘘だ!…そんなのデタラメだっ…」 弘真は立ち上がって叫んだ。 その声を聞きつけて… 誰かが…リビングを覗き込んだ。 「…!!」 「…!!」 それは…僕だった… シャワーを浴び終え…バスローブ姿の僕だった… 彼らを見た途端、僕は走ってその場から逃げた。 「…郁っ!!」 真っ先に走り出したのは、弘真だった。 僕は階段を駆け上り…自分の部屋に逃げ込んだ。 弘真は僕を追って階段を駆け上り… 僕の入った部屋のドアをバンバンと叩いた。 「郁!郁…どうしたんだよ…おい!」 僕は必死で…中からドアノブを押さえた。 「開けろっ…おい!」 律也と恭吾も、後から2階へ上がってきた。 バンバンとドアを叩く音の向こうから… 冷静な恭吾の声が聞こえた。 「郁…僕だ…開けても大丈夫だよ」 言いながら恭吾は、弘真を後ろへ引き下げさせた。 僕は、恐る恐るドアを開けた。 「驚かせてごめんね…大丈夫だから…」 僕は恭吾を見るなり、 彼に両腕を絡ませて縋りついた。 弘真と律也は… そんな僕の様子を、呆然と見ていた… 恭吾は僕を抱きしめ、優しく髪を撫でながら 2人に向かって言った。 「そっとしておいてもらえないかな…」 律也が静かに口を開いた。 「…それが…郁…お前の意思なのか…?」 「…」 僕は何も応えなかった。 ただ、律也の顔を見るのが辛過ぎて… 恭吾の胸から顔を上げることが出来なかった。 それを見た律也は… くるっと向きを変え、階段を下りていった。 そして、玄関から、外に出ていった。 弘真は、言葉を失ったまま、 まだそこから動かずにいた。 「君も…出てってくれないかな…」 恭吾が彼に向かって言った。 仕方なく…弘真も階段をゆっくり下りた… そして振り返って上を見上げた。 恭吾に抱きしめてられたまま… ブルブルと震える僕の姿が見えた。 「…」 バタン。 弘真も外に出た。 律也は、もう先に車に乗っていた。 弘真も、ゆっくり車に乗り込んだ。 律也は、半ば諦めの表情で… 少し安心した風に、呟いた。 「そういう事だってさ…もう、行こう…」 弘真は黙って、車のエンジンをかけた。

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