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奪還(3)

弘真は僕を抱えて、急いで階段を下りた。 恭吾に気付かれないように… そっと静かに外に出た。 そして、少し先に停めてあった自分の車まで、 走ってたどり着いた。 弘真は僕の身体を後部座席に押し込むと、 急いで車を発進させた。 そのまま彼は車を走らせ…市街地に入った。 そしてその一角にある総合病院の救急外来に、 僕を担ぎ込んだ。 気が付くと… 僕はベッドに寝かされていた。 灰色の狭い部屋で… 看護師が、僕の腕に点滴の針を刺していた。 「…ここ…は…」 そのときの僕は、 既に薬が切れかかっている状態だった。 僕は血相を変えて言った。 「…それは、あの注射じゃないんでしょ…」 身体を起こそうとしたが、動かなかった。 両手両足を、しっかりと拘束されていた。 「離して…帰らなきゃ…」 そこへ、白衣を着た医師らしき男が、 弘真と一緒に入ってきた。 「突然ですいませんでした…」 「いや…全然構わない。むしろこの段階で救い出せてよかった」 彼らは知り合いらしかった。 その白衣を着た男は、僕に向かって言った。 「しばらくは苦しいかもしれないけどね、君はどうしてもそれを乗り越えなければならないんだ」 「…嫌だっ…離して…お願い…」 僕はガタガタと震えながら言った。 「恭吾のところに帰りたい…」 「郁…ちゃんと、聞いて!」 弘真が僕を見下ろして、僕の右腕を掴んで言った。 「恭吾はお前に、薬を打ったんだ」 「…」 今のお前は、完全に薬中毒の状態なんだよ」 僕は半泣きで首を振った。 「抜け出すには、耐えてるしか方法はないんだ…」 「嫌だ…苦しい…助けて…」 僕は本当に苦しかった。 身体中が凍りつくような寒気でガタガタと震えた。 心臓は10倍にも膨れ上がっているように、 激しく動悸を打ち続けていた。 白衣の男は、看護師から何かを受け取った。 そして、それを僕の口にはめた。 「…ん…んんっ…」 それは、うっかり舌を噛み切っての 出血多量を防止するための器具だった。 「強行手段ですまないが、これがいちばん手っ取り早い治療法なんだ…」 震えながら僕はふと… 紙オムツをはかされている事に気付いた… 「…ううっ…」 そんなにか… そんなにまでされるのか… 僕は、激しく屈辱感に苛まれた… いっそ、殺してくれたらいいのに… 勝手に涙が、いくらでも溢れた。 「ごめんね…辛い思いをさせて…」 弘真は僕の髪を撫でた。 そして3人は… 僕を1人残して…部屋を出て行った。 病室のドアには、外から鍵が掛けられた。 「どのくらいかかりそうですか?」 弘真が医師に訊いた。 「そうだなあ…長くて3日くらいかかっちゃうかもしれないなあ…」 「…そんなに…」 「まあでも、若いからね…早ければ1日で落ち着くかもしらん」 「…」 「本人にとっては死ぬほど苦しいだろうが…それさえ乗り切れば、あとは大丈夫だよ」 「…わかりました、本当にありがとうございました」 弘真は深々と頭を下げた。 「あ、君ももうあんまり危なっかしい事するなよ」 「あはは…はい」 そしてその医師は、そのまま廊下を歩いていった。 「では、こちらで入院の手続きをお願いします」 看護師が事務的な口調で言った。 「あ、はい…」 弘真は看護師の後をついていった。 「…ううっ…んん…」 叫ぶこともできず… 異常に居ても立っても居られない身体のまま… 僕は放置された。 逃げ出して、病院中の窓ガラスを叩き割りたい! そんな衝動に駆られた。 ああ…もう… ホントに、死んだ方がどれほどマシだろう… ホントに殺して欲しい… 僕は震えながら、泣きながら… 身体的にも精神的にもズタズタな とても長い時間を過ごさなければならなかった…

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