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律也と冬樹(1)

その頃、都内にある結城のマンションでは、 出張から戻った彼と一緒に 冬樹が片付けやら書類の整理やらを手伝っていた。 「ふう…どうもありがとう、助かったよ」 「いいえ、こんな雑用だったら、いくらでも言いつけてください」 「少し飲んでいくか…?」 「そうですね…いただきます」 そう言って冬樹は、 キッチンからグラスと氷を持ってきた。 「ちなみに今日これから、お客が来る」 結城が言った。 「あ、そうなんですか?だったら失礼しますよ」 「いや…よかったら、君も同席して欲しい」 「…」 冬樹は不思議そうな表情になった。 ピンポーン。 丁度そのとき、玄関のチャイムが鳴った。 結城は、リビングにある受話器を取った。 「はい」 「…あの…日野です」 「どうぞ、開いてるから入って来て構わないよ」 そう言って結城は受話器を置いた。 バタン。 ドアの開く音がした。 「こんばんは…失礼します…」 そして律也が、リビングに姿を現した。 「あっ…お客さんだったんですか?」 律也は冬樹の姿を見て…少し戸惑った。 「ああ、大丈夫。彼は親戚でね、郁の事もよく知ってる人だから」 そう言って結城は、冬樹に律也を紹介した。 「こちら…日野律也くん。前に話しただろ?郁とつき合ってるって…」 「あ、ああ…」 冬樹も少し戸惑いながら… 律也に向かって右手を差し出した。 「初めまして…噂にはよく聞いてます」 「あ、どうも…」 律也はその手を握り返した。 「まあ、どうぞ…座って」 律也はソファーに腰掛けた。 冬樹はその斜め向かいに座って、水割を3つ作った。 「それで…またあいつと何かあったのか?」 言いながら… 結城もゆっくり、律也の向かい側に座った。 「はい…色々な事があったんです…」 そして律也は、それまでの経緯を全て結城に話した。 恭吾が薬を使って僕を無理やり犯した事も… 写真の事も…律也と行き違いがあった事も… 弘真と一緒に恭吾の別荘で見た事も… 最後に…自分が美咲に心を動かされている事も… 結城も…もちろん冬樹も… 黙って彼の話を聞いていた。 「俺は…どうしたらいいんでしょうか…」 結城は…冬樹の方を見て、言った。 「君なら…どう思う?」 冬樹は…戸惑ったが… しばらく黙って考えて…そして静かに口を開いた。 「少しでも迷いがあるなら、別れた方がいいと思う」 「…」 「たぶん、郁は…あいつの気持ちには、これっぽっちも迷いが無いと思う」 「…」 「きっとあいつは、少しも迷う事なく、君の事を好きだと思うよ…」 「…でも、じゃあ恭吾の事は、どうなんですか?」 律也は食い下がった。 冬樹は静かな口調で続けた。 「それは絶対に…何か事情があると思う。決定的な弱味を握られているとか…例えば、君を殺すって脅されているとか…」 「…」 「あるいは…そいつ、薬を使うって言ってたよね、何かの薬で、あいつを思い通りに動かしているとか…」 プルルルル… そのとき急に、電話の音が鳴り響いた。 結城は立ち上がって、電話器に向かった。 「そこまで言える根拠は何なんですか?」 律也は、やや強い口調で、冬樹に言った。 「…根拠なんて…でも、郁はそういうやつだって…君もよく知ってる筈なんじゃないの?」 律也はそれを聞いて、黙り込んだ。 冬樹は続けた。 「そんな郁だからこそ、君も惹かれたんでしょ?」 「…」 「郁は君の事が好きなんだ…そうに決まってる。君があいつの気持ちを疑うのは、それは君が、他の女の子を好きになったからだよ」 「…」 「…悪いけどその時点で、もう君はあいつには相応しくないと…思う」 「…」 律也は何も言い返せなかった。 ガチャン。 電話を切る音が響いた。 戻ってきた結城が言った。 「正田くん…からだったよ」 「ええっ?」 律也は驚いて立ち上がった。 「…あいつ、何ですって?」 「黒岩の所から、無理やり郁を連れ出したそうだ」 「そ、それで?」 「薬中毒だそうだ…今、向こうの病院に収容されてるらしい」 「…」 律也は、身体の力が抜けてしまい… そのまま、その場にへたり込んだ。 「とりあえず、私はすぐに向こうに行ってくる」 結城はそう言うと、急いで身支度を始めた。 「あ…あの、俺も一緒に行ってもいいですか…」 律也は力無く、結城に言った。 「構わないよ…」 そして結城は…チラッと冬樹の方を見た。 「…君も、行くか?」 「…えっ…」 冬樹は少し面食らったが… すぐに答えた。 「…行き…ます」

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