123 / 149
律也と冬樹(2)
そして結城は、2人を車に乗せて、出発した。
「あなたの言った通りでしたね…」
車の中で、律也は小さい声で、冬樹に言った。
「あんまり当たって欲しい方じゃ無かったけどね…」
律也は続けた。
「俺、あいつと別れます。俺がこんな風に考えてるようじゃ、あいつに申し訳なさすぎる…」
「さっきは相応しくないなんて言っちゃったけど…でも郁は、まだ君のこと…好きなんだよ?」
「だからこそ…です。一刻も早くはっきり伝えることが、きっとあいつの為にもいちばんいいと思います」
「…そうだね…」
冬樹は、窓の外の、流れる夜景を見ながら呟いた。
「君の心が揺らいでしまった今は…それがいちばん、郁のためかもしれないな…」
2人のやり取りを、結城は黙って聞いていた。
やがて、数時間後…
車は、弘真の待つ病院に着いた。
3人は、夜中の暗い病院に…静かに入っていった。
広い待合室の…隅っこの椅子に座っている弘真を、
律也がいちばん先に見つけた。
「弘真!」
「あ、ああ…律也、お前も来たのか…」
弘真は立ち上がって、彼らに近寄った。
結城が、弘真に向かって、頭を下げた。
「初めまして、結城です。郁が世話になって、本当にありがとう」
「…あっ…どうも…正田です…」
弘真は結城を見て、とても驚いた様子だったが、
すぐに落ち着いて、僕の様子を話しながら、
地下への階段の方へ3人を案内した。
「今、地下の病室にいますが、まだ直接会える状態じゃありません」
そして彼らは階段を下り…
地下の長い廊下を、静かに歩いていった。
そして、僕の居る部屋の前で止まった。
「暗いから分かりづらいと思いますけど…」
ドアに小さな小窓があり、
外側からカーテンがかけられていた。
弘真は、そのカーテンを少し開けて、中を覗いた。
「…ちょっとすごく、可哀想なことになってますけど、見ます?」
結城は、そっと…その小窓に顔を近づけた。
本当に暗くて、何となくしか分からなかったが…
両手両足を拘束され、口も塞がれた状態で、
時々ビクビク震えながら、首を振っている、
そんな僕の姿が、そこから確認できた。
「…誰っていったっけ?」
「えっ」
「相手の子の名前…」
「…あ、黒岩恭吾…ですか?」
弘真は少し慌てた感じで答えた。
「黒岩ね…」
そう言って結城は…
とても険しい表情で、ドアから離れた。
「あ、やつは既に捕まってます。病院が、すぐに通報してくれたので…」
「そうか…」
それでも結城は、平静さを保っていた。
続いて、律也と冬樹が小窓を覗いた。
「…!」
「…」
律也は、絶句してその場に崩れ落ちた。
そんな律也の肩を叩きながら、
弘真は結城に言った。
「長くて2〜3日かかるそうです。とりあえず上で待ちましょう…待つのも辛いですけど…いちばん辛いのはあいつだから…」
それから結城は、弘真に案内されて、夜間窓口へ行き、諸々の手続きを済ませた。
しばらくして結城は、待合室に戻ってきた。
そして律也と冬樹に言った。
「悪いが私は、これから東京に戻る」
「そうですか…俺はここに残ります」
律也が言った。
「君は…どうする?」
結城は、冬樹の方を見て、訊いた。
冬樹はしばらく考えてから、答えた。
「…ここに…いてもいいですか?」
「構わないよ…そうだな、明後日の夜に、また来る」
「そうですね…その頃にはきっと、落ち着くと思いますよ」
弘真も結城に言った。
「正田くん、色々と面倒をかけてすまないが、よろしくお願いします。本当にありがとう」
結城は改めて、弘真に礼を言った。
「いいえ…それじゃ、お気をつけて」
そうして結城は…1人、病院を出ていった。
もう、空がだいぶ青白くなっていた。
結城を見送ってから、
3人は、待合室の隅の方のベンチに座った。
「そういえば…こちらは、どなたなのかな…?」
弘真は、冬樹の方を見て言った。
「ああ、結城さんの親戚の方だって…」
律也が答えた。
冬樹は、弘真に右手を差し出しながら、言った。
「正田くんだよね、本当にありがとう。郁の事は、結城さんからよく聞いてます」
「どうも…」
弘真は、その手を握り返しながら、
何となく不思議な表情になった。
そして律也が…弘真に話し始めた。
「弘真…俺、郁と別れる事に決めた」
「ええっ…だって、郁がお前を裏切ったんじゃないのは分かったんだろ…それでも別れるって言うのか?」
弘真は声を荒げた。
律也はそれを制しながら、続けた。
「それでも…だよ。俺は…」
「あの女の方がいいのか?」
「…そうだね、美咲に出逢ったからかもしれないけど…やっぱり俺は、芯からのゲイじゃなかったのかもしれない」
「だって、郁の事は、好きだったんだろ?」
「うん…好きだった…自分でも不思議なくらい…」
「一時の気の迷いだったとでも言うのか?」
「そんなんじゃない…本気だった…」
「だってお前、そう言ってんじゃないかよ!」
弘真は、辺りに響き渡るほどの大声になっていた。
「…お前…ずいぶんムキになるんだな…」
律也が冷静に言った。
「だってお前…あいつが可哀想だよ…あんなにお前の事が好きなのに…あんな目に合って…その上、お前にまでフラれたら…」
「…可哀想だけど…俺の気持ちがこうである以上…ハッキリ言わない方が、もっと可哀想だろ…」
「…」
弘真は首を振って、下を向いた。
涙が…彼の頬を伝った…
「弘真…」
それを見て、律也は驚いた。
「…お前…お前も郁の事…好きなんじゃないのか?」
弘真は慌てて、手の平で涙を拭きながら言った。
「あ、当たり前だろ…あいつの事、嫌いなやつなんていねーよ…ははっ…お前があいつと別れてくれたら、後釜に入りたいのは、俺だけじゃないさ…」
そう言いながら弘真は立ち上がり…
灰皿のる所まで行って、煙草に火をつけた。
冬樹は黙って…
そんな2人のやりとりを聞いていた。
ともだちにシェアしよう!