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律也と弘真

それから… 何回か医師に呼ばれて説明は受けたものの、 3人が僕との面会を許されたのは、 その翌々日の夕方だった。 冬樹は、所用があるからと、 その時間に合わせて、病院の外に出ていた。 弘真と律也は、静かに病室のドアを開けた。 「…郁」 点滴の針は刺さっていたが… もう拘束はされていなかった。 「よく頑張ったね…偉かったよ…」 言いながら、弘真は、僕の髪を撫でた。 身体中の力が抜けてしまった感じだったが、 僕はもう、意識はハッキリしていた。 「…ううん…ありがとう…弘真…」 「郁…お前に言わなきゃいけない事があるんだ」 後ろから…律也が口を開いた。 「何も今でなくても…」 弘真が止めようとしたが… 律也はベッドの傍の椅子に座ると… 僕に顔を近付けて、話し始めた。 「郁…本当にごめん。お前のこと信じてあげられなくて…俺がもっとしっかりしてたら、お前はこんな目に遭わずに済んだのに…」 「…ううん…いいんだ…」 「それからもうひとつ…お前がこんな状態のときに言うべきではないのかもしれないけど…でも…一刻も早く伝えた方が、お前のためだと思うから…」 「…なに…?」 律也は、少しだけくちびるを噛み締め… そしてまた、ゆっくりと口を開いた。 「別れよう…俺たち…」 「…!!」 僕の身体には、もう力が全然残っていなかったが… それ以上に、何もかも空っぽに無くなるほど、 その彼の言葉は、僕を打ちのめした。 それでも律也は、撤回することなく… 今までのこと、そして美咲のことを、淡々と… でもハッキリと、僕に打ち明けた。 「本当にごめん…でも…」 「…もう、やめてくれっ」 弘真の方が先に耐えきれなくなって、 律也の言葉を遮った。 「…頼むから…もう、これ以上…」 弘真はそう言いながら…律也の肩を掴んだ。 彼の目には、涙が…もう溢れそうになっていた。 僕は何も言い返せなかった。 ただ、1つだけ…律也に答えた。 「…わかった…別れる…」 それを聞くと律也は、ゆっくり立ち上がった。 「それじゃ、俺は行くよ。もう俺は、ここに居ない方がいいだろ?」 「律也…そんな…」 弘真は驚いて言った 律也は黙って彼の方を見て、頷いた。 そしてまた…僕の方を見て、言った。 「とにかく早く元気になって…新学期にはちゃんと学院に戻って来いよ」 「…」 「待ってるから…」 そう言う律也の目にも、涙が滲んでいた。 言葉にしてしまうと、 それはとても浅く残酷なようにも聞こえてしまう 彼の別れの言葉が… 実際の律也の胸の内で、 どんなに激しく、悩み苦しんだ上での… その結論に達したのか… 他の人には分からないかもしれないが 短い間だったけど、彼とつき合っていた僕には、 それが伝わってしまった。 そんな真っ直ぐな律也だからこそ… 僕は、好きになったんだ。 「…うん」 そして律也は、静かに病室を出て行った。 「郁…ごめん…」 弘真が、僕のベッドの傍に膝をついた。 そして僕の手を握った。 「…?」 「…止められなかった…」 弘真は、泣いていた。 「こんなときに…もっとお前を苦しめてごめん…」 「ううん…」 疲れきった身体で、律也の言葉を受け入れてた僕は… それ以上に、 弘真を思いやる言葉をかけることが出来なかった。 そして弘真は、また僕の髪を優しく撫でてから、 律也を追って、部屋を出て行った。 僕は、とりあえず色々考えることはやめた。 そして、ゆっくり…目を閉じた。 それからすぐに、結城が再び病院を訪れた。 「結城さん…俺の役目は終わりました」 律也は深々と頭を下げた。 「あんな大きな口を叩いておいて…本当に申し訳ありません…」 「…それは仕方のないことだよ…こちらこそ、色々とお世話になったね、ありがとう」 「じゃ、俺たちはこれで、失礼します」 「うん。正田くんも、本当にありがとう…」 そして2人は、病院を出て行った。 彼らは弘真の車で、東京へ戻っていった。 「…律也…なんか、俺ごめんな」 弘真がボソッと言った。 「えっ…何で?」 「変だなって思ったときに、恭吾の事さっさと調べとけば良かった」 「そんなの…俺にはちっとも悪くないよ」 「それに…お前に酷い言い方したしな…」 「…」 「お前だって、すごく悩んで苦しかっただろうに…」 律也は黙って下を向いた。 そして少し微笑みながら…ゆっくり顔を上げた。 「弘真…ホントにありがとう…」 「…えっ」 「俺…お前のこと、もっとチャラチャラしたやつだと思ってた」 「…なんだよそれー」 「ホントは真っ直ぐなやつなんだな…」 「…真っ直ぐに関しては、お前には負けるわ」 「あはははっ…」 「くっくっくっ…」 2人は笑い合った。 「…マジで応援するわ、郁の…俺の後釜!」 「頼むよ、あの結城さんにも、俺…めっちゃイイ男だって言っといてー」 とりあえず、律也と弘真の仲は… 雨降って地固まった…らしかった。

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