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もうひとつの再会

それから僕は、残りの夏休みを、 ずっと結城の自宅で過ごした。 でも、本当に仕事が忙しいらしく、 結城の帰りは毎晩遅く… 顔を合わせることも少なかった。 僕はあまり外にも出ず、学校の宿題をやったり 病院で言われていたリハビリをやったりして 毎日を過ごしていた。 後遺症が全く無いとは言い切れなかった。 時折、手足が訳もなく痺れたり、震えたり… それに、あの快感を、 もう一度味わいたい欲求にかられることもあった。 でも、その後の… あの地獄の苦しみを思い出すことで、 何とかそれを抑えることができていた。 休みも残り少なくなったある日… 本当に久しぶりに、結城が割と早く帰ってきた。 「今日は一緒に夕食を食べに行かないか」 彼は、僕を連れて、車を走らせた。 そして彼の行きつけの、フランス料理屋に行った。 結城と2人で食事に行くのは、 去年の夏休み以来だった。 忙しい中…こうして僕のために時間を割いてくれる… そんな結城の優しさが、身に沁みた。 食事を楽しみながら…彼は言った。 「他にどこか、行きたい所…ある?」 「え、でも…結城さん、仕事で疲れてるでしょ?」 「ははっ…大丈夫だよ。たぶん今日しか時間取れないと思うから…もし何かあったら、言って」 僕は、少し考えて…言った。 「海の見えるところに、行きたいな…」 「わかった。あまり遠くへは行けないけど…なるべく期待に添えるようにするよ」 食事を終えてから、結城は、しばらく車を走らせた。 「どこに行くの?」 「一応海が見えるところ…」 「ふうん…」 車は、湾岸道路に入った。 そして、あの…お台場の駐車場へ、入っていった。 「俺も、ここに来るのは久しぶりだな…」 あ、結城さんの「俺」久しぶりに聞いた… 僕はとても懐かしく、 去年の、あの2人で過ごした夏休みを思い出した。 結城は車を降り…助手席側のドアを開けた。 「…」 僕は車を降りた。 そして結城の後をついて、 暗い公園の中を、歩いて進んでいった。 やがて僕らは… 海に面した広い通りの所に出た。 「うわあー!」 目の前に…夜景が広がった。 「なかなか綺麗だろ?」 「…うん」 オレンジ色の光が… 海の向こうにいくつも浮かんでいた。 それは…もっと前の夏休みの、 船から見えた漁船の灯りを思い出させた。 海沿いの手すりにもたれて… 僕はしばらく何も言わず… 海と、その向こうの、 きらめく光のイルミネーションに見入っていた。 と、急に…結城が僕の肩を叩いた。 そして、結城が指差した方を見ると… 「…!!」 なんと… そこにいたのは、律也だった。 そしてその隣には…見知らぬ女の子が立っていた。 「律也…」 僕は正直言って、 どんな顔をしたらいいのか…戸惑った。 と、律也の方から、先に声をかけてきた。 「郁!…お前、随分元気になったなー」 「あ…う、うん…おかげさまで、立ち直りました」 そして律也は、 横にいる女の子の方を見ながら言った。 「この前話した、美咲だよ…美咲、こちらが…郁と、その保護者の結城さん」 「…」 美咲と呼ばれた女の子は、 ゆっくり僕の方に近付いてきた。 そして…にっこり笑って言った。 「初めまして…中谷美咲です。郁くんのことは、律也から、よくお話伺ってます」 そして彼女は…右手を差し出した。 「握手して…もらえますか…」 「あ…はい」 僕はそっと…彼女の右手を握った。 彼女は、しっかりとその手を握りながら… また、嬉しそうに微笑んだ。 なんて素敵に微笑む人なんだろう… 僕は思わず、言葉を失っていた。 「おい、郁…何とか言えよ」 律也が僕に突っ込んだ。 「あっ…ごめん…思ってたよりずっとステキな人だったんで、ちょっとビックリしちゃって…」 律也はそれを聞くと、 美咲を肘でこづきながら言った。 「ステキだってさー」 「ええー郁くんだって、思ってたよりずっと可愛い人だから、ビックリだよー」 「ははは、変なのーこいつら褒めあってるよ」 「あはははっ…」 律也と美咲の、屈託のない明るさが… 不思議と、僕の心を、より一層軽くしてくれた。 しばらく他愛のない話をして…僕らは別れた。 「じゃあまた、新学期に…」 「うん、じゃあね…」 そして帰りの車の中で…僕は結城に言った。 「あの2人に会えてよかった…」 「…そうだな」 「あの人なら、確かに律也が好きにならない筈ないし…すごくお似合いだなって、心の底から思えた…」 「…そうか」 「また、律也と…ちゃんと友達でやっていけそうな気もした…」 「…そうだな…」 結城もホッとした風に見えた。 「ありがとう…結城さん」 僕は、改めて…結城を想った。 去年の、あの楽しかった夏休みのあと… 本当に色々な事があった。 どんなときも、この人は… 僕を遠くから見守ってくれていたんだ。

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