129 / 149

穏やかな日々

新学期が始まって、数ヶ月が経った。 開けて早々は、僕と律也が別れたらしいとか、 また僕が客を取るようになったらしいとか、 黒岩が何でいなくなったのか…とか、 何かと噂のネタにされることはあったが… それも、そう長くは続かなかった。 特に大きな事件も無く、 穏やかに日々が過ぎていった。 季節は秋になった。 3年生はさすがに受験勉強体制に入っていた。 律也もご多分に漏れず、 もちろん特に会う約束をする事も無かったが… それ以上に、姿を見かける回数も減っていた。 弘真は推薦で、早々に進学先の大学を決めていた。 本当に実力で決まったのかどうかは怪しいものだが… そして、必死の他の3年生たちを尻目に、 相変わらずチャラチャラしているようだった。 僕は週末は、基本サークルに行っていた。 その日は中間試験終わりで、 サークルが休みだった。 たまたま雅巳もいない土曜の午後… 久しぶりに中庭を抜けて、 テニスコートの方へ足を伸ばした僕は… 片付けをしている富永先生の姿を見つけた。 「おー郁じゃん…久しぶり」 彼は僕に気付くと、 手を振りながら、僕の方に駆け寄ってきた。 「聞いたよ、何かお前…色々大変だったみたいだな」 「あーはい…でもおかげさまで、復活しました」 「身体の方は、もう大丈夫なのか?」 「もう全然大丈夫です。何ならいつでもご用命をお待ちしてますよー」 僕は冗談半分で言った。 「そっか…」 富永は、ホッとした風に言った。 そして少し考えて…続けた。 「…お前には、話しといてもいいかもな…」 富永は、いつになく、真面目な顔で話し出した。 「実は俺、奏人…いや、藤森と、ちゃんとつき合う事にしたんだ」 …僕は、とても驚いた。 「えええーっ…そうなんですねー」 「あいつはいいとこの坊ちゃんだし…俺はしがない高校教師だからね、将来的にどうなるかは、分かんないけどね…」 少し顔を赤らめながら、彼は続けた。 「あいつが、大学卒業するまで…見守ろうと思う…」 ビックリしたけど… 僕はなんだか、とても嬉しかった。 あの富永先生が… こんな風に、真面目にあの人のこと… 藤森さんのことを、考えてくれるようになった事が… 僕は言った。 「大事にしてあげてください」 「ああ…」 「藤森さん…生徒会長なんかやって、表では偉そうに立ち振る舞ってましたけど…ホントはすごく可愛い人なんですよ…」 「そんなの、俺がいちばんよく分かってるよ…てか、何でお前がそれ、知ってんの?」 「…あっ…しまった…」 僕は、少し笑いながら…肩をすくめて、続けた。 「…実は1度だけ…藤森さんを押し倒したことが…」 「えええっ…マジかーお前が?!」 「…はい…」 「やったのか?!」 「…はい…」 「お前が…挿れたのか?!」 「……はい」 「…」 「藤森さん…先生に言ってなかったんですね…」 「全然知らなかった…そうなんだー」 富永は、とても驚いていたが… 嫉妬したり怒ったりする風では、なかった。 「あの日、僕が何人もと何回もやって、傷ついて疲れ果ててたときに…藤森さんがすごく優しくしてくれたんです」 本当は優しい人なんだなーって、思ったっけ… 部屋まで送ってくれて… 次の日も心配して、来てくれたんだよなー そんな彼だからこそ、 きっと富永先生も、心を動かされたたんだろうな… 「僕が勃っちゃうくらい、可愛かったです…」 追い討ちをかけるように、僕は言った。 「…今度お仕置きしてやんないといかんな…」 富永は、むしろ何やらとても楽しそうに含み笑った。 あー藤森さん、ごめんなさい… 格好の悪戯ネタを提供してしまいましたー 「悪かったな…お前には色々と嫌な思いをさせて…」 富永は、少し改まった感じで、言った。 「いいえ、おかげで今の僕があるんですから」 「あははっ…そっか…ちなみにお前はどうなんだよ」 「…」 「俺の直感だと…あんときの、あの生意気なヤツと、どうにかなってんじゃないかと思ってたんだけどな」 「…すごいですね、先生…その通りですよー」 「マジか」 僕は、色々思い出しながら… 静かに、微笑みながら続けた。 「…亡くなったんです、彼…」 「えええっ?」 「だから…もう…いないんです」 「…そう…だったのか…」 「…でも、もう大丈夫ですけどね」 「…」 「思い出す暇もないくらい…いろんな人が、僕に優しくしてくれましたから…」 「…辛かったんだな…」 富永は、優しく僕の肩に手を置いた。 「藤森さんにフラれたときは、またご用命ください」 僕は笑いながら言った。 「ははっ…わかった」 富永も笑って答えた。 と思ったら… 急にズーンと、悲しそうな表情になった。 「…俺…あいつにフラれたら、もう二度と立ち直れないかもしれない…」 なんか、何ですかそれ… のろけにしか聞こえないんですけど、それ… まあいっか… この2人が、幸せになってくれる事が… 今の僕は、心の底からうれしかった。

ともだちにシェアしよう!