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爽やかな冬休み(6)

次の日、 また昼近くにゆっくり起きだした僕は、 のんびり帰り支度をした。 結城はまた書斎に籠っていた。 しばらくして出てきた結城は、 少し申し訳なさそうに言った。 「悪いが、帰る途中に、ちょっと会社に寄らなければならなくなった」 「…僕は構わないけど?」 「そうか…じゃあそろそろ出掛けるか」 「うん」 そして僕らは、結城のマンションを出た。 車は、どんどん都心を走って行った。 正月休みという事もあって、 都内の道路は空いていた。 大きなビルが立ち並ぶ、摩天楼を思わせる場所の とある一角の地下駐車場に、車は入っていった。 「…」 何ここ、ホテル? 広い地下駐車場を奥まで進み、 結城はエレベーターのすぐ側に車を停めた。 「お前も行くか?」 「…でも」 「今日は休みだ。誰もいない」 「…」 結城は車を降りて、エレベーターに乗った。 僕も、結城の後に続いた。 彼は最上階のボタンを押した。 エレベーターは、途中止まることなく、 一気に最上階に到着した。 僕らはエレベーターを降りた。 「…」 何ここ、やっぱりホテル? まさにホテルのエレベーターホールを思わせる、 煌びやかな空間が、そこには広がっていた。 結城は、その広い廊下をどんどん進んで行った。 そして、突き当たりの部屋のカギを開けた。 「…!」 とても広いその部屋には、 来客用のソファー そしてその奥にデスクがあり… 何より窓がとても大きくて… そこから入る光が、とても眩しかった。 「適当に座ってて」 そう言って結城は、さっさとデスクに座り、 PCを操作し始めた。 僕は…ゆっくり、その大きな窓に近付いた。 「…すごい…」 その最上階の窓からの眺めは、 いつかの夜景や、サンシャインからの眺めと そう変わらなかった。 ここが…結城さんの会社なんだ… そしてこの部屋が、結城さんの仕事場なんだ。 いつもこんな所で仕事してる人なら、 確かに、1人で買い物できないってのも、 庶民の文化を知らないってのも、頷ける… そして僕はふと考えた。 結城さんって…何者なんだろう。 マンションだってすごいし、 去年の夏の別荘だって、ものすごかった。 どんだけお金持ちなんだろうな… 僕の学費だって、相当かかってるだろうに… そしてまた改めて…不思議に思った。 なんで、この人は… 僕なんかに、こんなにしてくれてるんだろう… 僕は何だか急に… とても申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 僕はホントに、ただの庶民なのにな… 本来なら、律也や弘真とも出会う筈もなかった。 彼らと僕とは、住む世界が全然違っていたもの。 何もかも、結城さんのおかげなんだ… 僕はいつか… この人に、この恩義を返さなければいけない… 窓の下に広がる、ビル群の景色を見下ろしながら… 僕は改めて、そう思った。 「終わった。すまなかったね」 「…いいえ」 「何か面白いものは見えたか?」 「…うん」 結城は、僕の隣に来て、窓の外を見た。 「そういえば、ちゃんと見た事が無かったな…」 彼はしばらく黙って、景色を見下ろしていた。 「そろそろ行こうか…」 「…うん」 そう言って彼は、ドアに向かった。 僕も急いで後を追った。 そして再びエレベーターで地下へ下り、 僕らは車に乗り込んだ。 確かに誰にも会わなかったな。 もしかしたら、 途中の階に誰かいたのかもしれないけど… 「結城さんって、スゴい会社の偉い人なんだね…」 僕はボソッと言った。 「そうか?」 結城は、車を発信させた。 「たまたま、そういう家に生まれただけだ」 「…」 そう言った結城の横顔は、 少し寂しそうに見えた。 そして車は、学院に向かっていった。 「あまりゆっくり出来なくて悪かったね…」 「ううん…楽しかった。忙しいのに、つき合ってくれて、逆にホントにありがとうございました」 「次は夏休みになってしまうな…」 「うん…」 「また別荘に行けるといいんだが…」 「ううん…何も無くても、ホントに大丈夫だから」 ただでさえ、 僕は、この人から沢山のものを貰っているんだ。 これ以上望んではいけない。 ましてや… ずっと一緒に居たい…なんて。 「…僕、たぶん結城さんの事が、好きだ…」 「…ん?なんだ、急に」 「いつか…ちゃんと全部…返すから」 「…」 結城は、何かを悟ったかのように、 静かに微笑んだ。 「お前たちのおかげで…俺は生きてる…」 「…えっ」 「俺もお前から、すごく色々貰ってるってこと」 「…そう?」 「お前が、元気でしあわせに生きててくれる事が、俺は何よりありがたい」 「…」 そして車は、学院に着いた。 玄関前に車を停めて… 周りに人がいない事を確認すると… 結城は、そっと僕に口付けた。 「…身体を大事にな…」 「…結城さんこそ」 僕はそう言って、車を降りた。 そして、結城の車が見えなくなるまで、 そこに立ちすくんでいた。 ちゃんとしなくちゃ… 結城さんのためにも…自分のためにも。 帰りの車の中で、結城は思った。 うっかり…「お前たち」って言ってしまった… 幸い、郁は気付かなかったようだが… 結城が、あまり長いこと僕を家に置かないのには、 実は理由があったのだ。 彼がマンションに戻り、ドアの鍵を開けると… ちょうど中から、ある人物が、 荷物を持って出てこようとしていた。 「あ、おかえりなさい」 「ああ、忙しいところ、悪いね」 「…あいつ、元気でした?」 「ああ」 「じゃあ、これ、クリーニング出しときますね」 そう言って、その人物は、すぐに出ていった。 こうしてときどき、 結城の身の回りの手伝いしていたのは、 「お前たち」の、もう1人… 同じマンションに住む、冬樹だったのだ。

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