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新年度に向けて(1)

冬休みの後、 短い3学期も何事もなく過ぎていき… 3月に入った頃に、ようやく律也も進路を決めた。 卒業式を間近に控えた、律也、弘真と仲間たちとの、 お別れ会と称した、弘真の部屋での飲み会に、 僕と雅己も呼ばれて行った。 「かんぱーい」 カチャカチャと、グラスの音が響き渡った。 僕は、隣に座った律也に声をかけた。 「おめでとう律也、第1志望、受かったんだってね」 「うん、ありがとう」 「彼女も一緒なの?」 「いや、あいつは女子大に決まった」 「そうなんだ…」 その会話を聞いていた雅巳が、驚いて言った。 「ええー日野さん、彼女できたんですか?!」 「そーだよ、雅己…酷いだろ?彼女のせいで、僕がフラれたんだからー」 「そうだったんですねー日野さんて、どっちもイケる人だったんですねー」 「…あ、あはは…まあね…」 それぞれが3年間の思い出を語りながら、 いつまでも、その会は続いていた。 「それにしても弘真、お前の部屋、全然片付いてないじゃん…いつ出るんだよ」 誰かが弘真に言った。 「ああ、俺はいいの。だって4月から、郁がこの部屋使うんだからー」 「えっ…そうなんだ…」 「…うん」 結城からの提案もあって、僕は最後の1年間だけ、 こっちの個室に入ることになっていた。 しかも…この、弘真の部屋に。 「じゃあまた隣に、誰か違う人が来るのかなあー」 雅己が少し不安そうに呟いた。 「嫌だったら、ここに入り浸ってたらいいじゃん」 「あ、そうだね…」 「いやいや待てよ…こんな個室になったら、また郁が毎晩誰かを連れ込むようになるかもなー」 酔った勢いで、弘真が言った。 「おい弘真!」 律也が、少し怒ったような口調で言った。 「別に平気だよ」 僕は律也の腕を叩きながら言った。 「たぶんね、僕が誰かを連れ込むんじゃなくて…弘真が、夜這いに来るつもりなんだと思うよ」 「あはは…バレた?」 安心したような顔の律也に、僕は小さな声で言った。 「弘真とはね、あれから時々会ってるんだ。もちろん、ちゃんとつき合ってる訳じゃないけどね」 「…」 「つき合うのは…正直言って、もう懲りたから」 僕は肩をすくめて、冗談ぽく言った。 それを聞いて律也は… 少し改まったような表情で言い出した。 「郁…色々あったけど、今までありがとうな…」 「ううん、こちらこそ、律也と出逢えてよかった」 「…つらい思いもさせてしまった…」 「…でもね、結果的に律也のおかげで、僕は冬樹の事から立ち直ることが出来たんだ」 「…」 「律也があのとき…正直にハッキリ言ってくれてよかった。それと、美咲さんに会えたのもよかった…」 律也は、当時を思い出しながら言った。 「そうか…ホントはね、結城さんの親戚の人が、アドバイスしてくれたんだ」 「…え?」 「俺の気持ちが迷ってる時点で、俺はもう、お前に相応しくないって…」 「…」 「みんな、あの人のおかげだよ。今、俺とお前がこんな風に、何のこだわりもなく友達でいられるのは…」 「その人…どんな人?」 「知らないの?あっちはお前のこと、すごくよく知ってる感じだったよ、それに…」 「…病院にも一緒に来た」と続けようとして… 律也は、ハッと言葉を飲み込んだ。 律也の頭に…あるひとつの事が、 思い浮かんだからだった。 「誰だろう…結城さんの親戚なんて、聞いた事ない」 「知らないうちに会ってたんじゃない?それか、結城さんからいつも話を聞いてたとか」 取り繕うように、律也は続けた。 「そうだねー」 僕は特に気にすることなく答えた。 「あの頃、ホントに色んな知らない人としてたからな…その中の誰かかもしれないなー」 「はははっ…」 律也は、改めてゆっくり思い出しながら… 自分の考えを、整理した。 あの人は… 郁のことを、あれだけよく分かってたあの人は… 俺なんかより、ずっと深い気持ちで 郁を想っていたあの人は… そして律也は、僕の横顔を見つめた。 そのとき僕はもう、他の誰かの話題に加わって 楽しそうに笑っていた。 でもなぜ、結城さんは、 その事を郁に隠しているんだろう… でも律也は、 その考えを、誰かに明かすことはなかった。 彼はもう、それ以上に、 美咲の事を想っていたから。

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