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新たな出逢い(1)

部屋の整理もひと段落し、 僕は3年生になった。 3年生は、進路別にクラスが分けられていた。 僕は、まだ決めかねていたものの、 無難な私学文系クラスを選んでいた。 結城さんには、好きにしたらいいと言われていた。 まあ、夏くらいまでには、 ちゃんと決めようと… コンコン。 ガラッ… 「お邪魔するよー」 窓を開けて… 当然のように、弘真が入ってきた。 まだ1ヶ月も経っていないというのに… 彼は、もう何度も… 夜になると、こうして僕の所にやってきていた。 「また来ちゃったの…大学の方は大丈夫なの?」 「ああ、まだ履修登録期間だからねー」 そう言いながら弘真は、 袋いっぱいに持ってきた、ビールやら何やらを 冷蔵庫に勝手にしまった。 「授業始まったら、週末しか来れないからなー」 そして、先に冷えていた2本を取り出して… 彼はソファーに腰を下ろした。 「…ん」 1本を僕に渡して、弘真は、プシュッと缶を開けた。 「今日は大事な用事があって来たんだ」 「ほおー」 僕も缶を開けて、飲みながら答えた。 「ここの軽音にさ、若松ってヤツいたの覚えてる?」 「うん、若松先輩…ギターの人でしょ?」 「そいつが同じ学部なんだけどね」 「ふうん…」 「なんか、バンドやってて…ついこないだボーカルが抜けちゃったんだって」 「…」 「でも、もう決まってるLIVEがあるんで、それだけでもいいから、郁にやってもらえないかって」 「えええーっ!?」 「頼んできてーって言われたんだよねー」 「…」 いや確かに… 去年の春頃、律也を避けてたときから、 軽音のサークルに入って… まあ、今でも一応籍は置いてますけどね… 結局、何の楽器もまともに弾けず… たまにバンドを組んでも続かなくって、 今年入ってからは、そういえば行ってないかも… くらいなレベルなんですけど… 「若松先輩…僕の歌の実力を知ってる筈だけどなー」 「うん、あのね…ここだけの話、歌の上手い下手より、ルックスのいいのが欲しいんだって」 弘真は煙草に火をつけながら、しれっと言った。 それはどーいう意味でしょうか… 「いいじゃん、やれよ。俺、お前がボーカルやるとこ、見たいなー」 「…」 「練習は土日にするって。もちろん俺が送迎するし」 「うーん…」 弘真は、上着のポケットから、 メモとCDを取り出した。 「本番は、5月17日と、もう1つが6月の14日…どっちも土曜日だから大丈夫だろ?」 そして、そのCDを僕に差し出した。 「で、これに、やる曲全部入ってるってー」 「…」 僕は、黙って…そのCDを受け取った。 「いいじゃんやってよ、俺…絶対見たいー」 「…うーん」 正直言って…自信は全く無かった… でも、 ちょっと面白そうだな…とも、確かに思った。 「…わかった…やってみる」 「よかったーじゃ、早速、若松に連絡するわ」 弘真は自分のケータイを取り出して、 ささっとボタンを押した。 「…もしもーし、あ、俺…うん、今郁んとこ…」 「…」 僕は、若干なんともいえない気持ちで、 缶ビールをゴクンと飲んだ。 「やるってさーよかったな…うん、今替わるー」 そう言って彼は、僕にケータイを渡した。 「…もしもし…」 「あ、郁久しぶりー悪いね、無理言って…」 「いいえ…ホントに僕なんかで大丈夫なんですか?」 「もちろん、よろしく頼むわ。あ、CDあるでしょ、今度の土曜日までに、出来るとこまででいいから覚えてきてくれる?」 「あ…はい、分かりました」 「よろしくねー…あ、また正田に替わってくれる?」 「はい…」 僕はまた、弘真にケータイを渡した。 「もしもし…ん、分かった…」 そして彼は、練習の時間やら場所やら、 細かい打合せをしているようだった。 「…ん、じゃあ土曜日ね、オッケー、じゃあね」 ケータイのボタンを押し、弘真は僕に言った。 「今度の土曜の夕方、練習だって」 彼はそれをテーブルに置いた。 「どうする…金曜の夜に来るか?」 「え、土曜でいいよ、なるべくCD聞いときたいし」 「えーそうなの…しょうがないなー」 そう言いながら、弘真は立ち上がり… 僕の座っている後ろに歩いてきた。 そして、僕の頭を両手で持って、上を向かせた。 「しょうがないから、今日泊まってくことにするー」 言いながら彼は、上から僕に口付けた。 弘真には申し訳ないが、 そのときの僕は、心そこにあらず…だった。 うっかり引き受けてしまったが… 大丈夫なんだろうか、僕…

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