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新たな出逢い(3)

翌日、弘真が帰ったあと… 僕は改めてCDを聞いた。 これ、歌うのかー 僕…大丈夫なんだろうか… とりあえず僕は、 CDを聞きながら、必死に歌詞を書き出した。 オリジナルなんだろうな、 若干恥ずかしい感じの歌詞もあった。 それから土曜日まで… 僕は、やや勉強の方を疎かにして、 曲を覚えることに集中していた。 そして、約束の土曜日… 僕は弘真の車に乗せられて、 都心に近い、とあるスタジオに連れて行かれた。 入り口の近くのロビーに入ると、 金髪の人物が、僕らにちかづいてきた。 「郁、久しぶり…ありがとう、よろしくねー」 「…若松先輩??…だいぶ、感じ変わりましたね…」 「あー髪染めちゃったからねー」 「…お前だって、こんなときあったじゃん」 弘真が突っ込んだ。 …そうでしたっけね… 「じゃあ、メンバーに紹介するから、来て」 若松は、廊下を進んで奥の部屋の、 大きな重い防音扉を押し開けて… 僕を中へ促した。 中に入ると、ドラムの所に1人… そして、ベースを持った人…の2人が、 一斉にこちらを振り向いた。 「紹介しまーす、ボーカルの滝崎郁かおるくん」 「あ…よろしくお願いします…」 僕は…おずおずと、頭を下げた。 「あっちがドラムの、井原尚人」 「よろしく、郁ー」 クシャクシャな茶色い短髪の、 健康そうな人物が、元気に挨拶してきた。 「これが、ベースの、赤城圭」 「よろしく…」 若干シュッとした、 ウルフカットの黒髪を後ろに結んだ人物は… 静かに僕に右手を差し出した。 「あ、お願いします…」 僕は、彼の手を握って言った。 「そんでギターが俺ね、みんな一輔って呼んでる」 「若松先輩じゃダメですか?」 「あー…ダメじゃないけどさ、なんとなく…」 「じゃあ、一輔さんにします」 「あはは、よろしく」 弘真は、2人とも面識があるようだった。 「あと、郁のマネージャーの…弘真ね」 「へえー弘真、マネージャーなんだ…」 尚人が言った。 「送迎係よ、大概くっ付いてくるのでよろしくー」 「あははは」 マイクのセッティングとか…全然分からなかったが、 一輔が、丁寧に教えてくれた。 「あーっ」 わっ、スピーカーから声出た… 「じゃあ、やってみようか…どの曲なら歌える?」 「一応…全部、覚えることは覚えましたけど…」 「ホント?すごいねー…じゃ、CDの1曲めからやってみよう…」 「…はい…」 カンカンカン… ドラムのカウントから、曲が始まった… そして僕は…歌ってみた… 思った以上に、他の楽器の音が大きくて、 僕の声は、すっかり埋もれて… 自分でもよく聞こえないくらい、小さかった。 「難しいですねー」 曲が終わって…僕は呟いた。 「大丈夫、良い声だったよー」 一輔は言った。 「もうちょい音量上げてみよう…」 そして、 何やらボタンやツマミがいっぱい付いている機械を、 いじった。 「あとは練習次第だな、何回も繰り返してみよう…」 励まされて僕は、何回も歌った。 皆僕につき合って、何回も同じ曲をやってくれた。 そして、あっという間に…2時間が過ぎた。 「お疲れ様ー」 僕らは機材を片付けて…またロビーに出た。 煙草をふかしながら一輔が言った。 「どう、やれそう?」 「…うん、僕自身はいいんだけど…聞いてる側はどんな感じなんだろう…」 「全然オッケーだったよ。それに、なんてったって、見た目が良いからねー」 「…」 そうだった… もともと歌唱力は期待されてなかったんだっけね… 「それでさ、今後のスケジュールなんだけど…」 弘真もしっかりメモの用意をした。 「本番の日程は、聞いてるよね?」 「はい…」 「で、練習は、今月中は毎週土曜日のこの時間…」 「…」 「あと、ゴールデンウィーク中に、ウチの信州の別荘で、合宿する予定なんだけど、大丈夫?」 「…合宿…ですか」 「そう…できれば新曲を、あと1〜2曲入れたいんだよねー」 「まあ、授業休みの日だったら外泊できるから…特に予定もないし、大丈夫だと思います」 「そっか、よかった。じゃあその予定でよろしく」 「…わかりました」 そして一輔は、弘真に向かって言った。 「弘真もありがとうね、またよろしく頼むわ」 「了解…再来週もここで同じ時間でいいんだな」 「うん」 スタジオを出て、皆と別れてから、 僕は弘真の車に乗った。 「ゴールデンウィークは、合宿かあー」 弘真が少し残念そうに呟いた。 「まいっか…途中で乱入するか…」 僕は…彼に訊いた。 「弘真…聞いててどうだった?」 「うん、よかったよ…とても可愛かった、ファンになりそうだった」 「…いや…だから歌の方…」 「うん、別に…よかったよ。音痴じゃなかった」 「…あ、そう、」 いいんですけど… どうせ歌唱力はどーでもいいんでしょうけど… なんだかなあー 不安要素はいっぱいだったけど… 僕は…割と楽しかった。

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