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第13話 プロポーズみたい

2人っきりの部屋には歓談の気配はひとつもなく、ただただ気不味かった、俯くばかりでは話は出来ない。わかってる。まずは俺が謝るべきだ。淫魔野郎の強制発情は厳密には俺のせいじゃないとはいえ、こいつに迷惑かけた事には変わらない。殴られるかもしれないし、軽蔑されるかもしれない、とにかく謝らないと……。 俺の記憶には、夢の中のあの優しい真田がいつまでも居座っている。なんともむず痒い心を押さえた。目の前にいるのは、俺を苗字で呼んで、俺の事をただのクラスメイトだと思っていて、そして職業《クラス》ガチャ大爆死した哀れな奴だと思っているであろう真田仁だ。それは何もおかしい事ではないし、決して悪い事じゃない。変なのは、それが無性に悲しいと思ってしまう俺だ。 「あのさ、真田……」 とにかく声をあげる。もう変なものや恥ずかしい事は、全て忘れてしまおう。俺が自分の体で真田をイかせてしまった事、エロい夢を見てしまった事。その全てを、こいつの拳でもって終わらせよう。覚悟を決めたと言うより、開き直ってしまった俺は、俯いていた顔をあげた。それと同時に、真田も動き始めてしまった。 「おい、巳陽……」 急に近づいてきた、主に顔が。俺よりも男らしいような気がする。しかも身長も高い上に筋肉も多い、趣味程度にトレーニングしている俺とはえらい違いだ。不良経験皆無の堅気な俺はそれだけでも恐怖を感じた。 まあでも一思いに殴ってくれるならそれでいい。それでも許してくれるかは別として、俺の心の突っ掛かりはそれで綺麗さっぱり無くなってくれるはず。 しかし、神様はとことん俺をいじめて楽しんでいるらしい。俺の望んでいた事とは明後日に方向転換してしまった。 「……すまなかった」 ぴしゃりと言われた時、俺の考えが吹っ飛んだ。豆鉄砲を喰らった野良猫のように、ただ漠然とした。真田は俺が座っているベットを床として、上半身だけ土下座のような体勢になって頭を下げている。いやお前悪くない。 あれはお前が悪いんじゃなくて、俺の職業《クラス》に紛れ込んでた淫魔が悪いんだ。そいつを訂正しようとした。しかし今度はクソほど威力の高い豆鉄砲を喰らう事になる。 「オレ、お前でヌいちまった」 「……ん?」 脳天を撃ち抜かれた衝撃ときたら、とてもではないが言葉に出来なかった。頼んでもいないのに、言ってしまえば聞きたくもないのに、こいつの自首は続く。 「エロいことした後、お前がぶっ倒れてここに運ばれて、寝る前のタンス思い出した。興奮して、だから……ヌいた」 何言ってんのか分かるけど分からない。後半になるにつれ支離滅裂度が上がっていく。なんとか話をしないと、このままだともうブレーキが効かなくなる。まあもう半分言うこと聞かない状態で手遅れな気がするけど。 「大丈夫だ、ちゃんと責任取る」 「うん、それは真田のせいじゃないんだよ」 「お袋から言われてんだ、こうなった時はケジメを付けろって」 「お袋さんのアドバイス具体性が強すぎる」 「一生かけても償う覚悟だ」 「とてもじゃないけど不良の台詞とは思えねえな」 会話のキャッチボールならぬドッジボールを繰り返す、しかし勿論埒が開くわけない。そして最後は、 「この異世界を救うまで、いや、元の世界に戻っても、お前はオレが守る!」 競り負けた。顔を上げて詰められたと思ったら、間髪入れずに手を握られた。目は真剣そのもので、本気で俺の事を守ってくれるのだとわかった。それはそれはもう晒そうにも晒さない程で。 「……それ、女の子に言うもんだぞ」 焦った末の言い訳。自分でももっと出せるだろとツッコミを入れたくなる程の、小さな小さな声だった。 「問題ない。お前の方が可愛い」 男相手にプロポーズまがいな事を言っておいて堂々としている。更に可愛いとかほざいてる人間に勝てるビジョンが浮かばない。ヤンキーなんて女の子にモテるだろうに勿体ない。ひょっとして俺が真田をホモにしたのか? そのまま抱きすくめられた俺は、なす術なく告白の余韻を噛み締めることしかできなかった。 「なあさ、梓って呼んでもいいか?」 名前を呼ばれただけなのに、この心の高まりはなんだと言うのか。心境を悟られないように、好きにしろと吐き捨てるように溢した。それでも嬉しそうなんだ、こっちだって調子が狂うと言うものだ。 そうだ、これは可笑しくなってもしょうがない状況なんだ。だから、これから俺が変な事を言っても、何も恥ずかしい事はない。 「俺も、……仁って呼んでもいいか?」

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