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第51話 迫り来る時
「なあさ、もうそろそろ許してくれよ……」
「嫌だ。発情するのは可愛いからいい。でも浮気はしないでほしい」
高松はまだ許してくれた?けど、希望も立て続けに寝た(何もしてない)ことで、仁はすっかり御立腹だ。何としてでも手を離さないと言う強い意志を感じた。俺的にはわざとじゃないと言い返したい気持ちと、こんなに心配されるのは意外と悪くないなと言う思いがせめぎ合っている状況。一方それに対する周りの反方はというと、
「いい加減変わってくれ」
「第一お前のものじゃないだろう」
「何が浮気だよ強姦野郎」
こんな感じだ。そろそろ仁は強姦していないって声高らかに言うべき時かもしれない。あと変わってくれって何だよ。俺後何人にこれやられるの?
「今日は例の時までこのままだ」
「えー……」
食事や自由時間だけではなく、トイレまでついていこうとする仁に怖いものはない。まあ夜にあんなのが控えている状況で、緊張をほぐす意味ではありがたかった。背中に張り付いて離れようとしない仁を完璧に肯定するわけではないが、食べづらそうにしていたご飯を口に持っていってあげたりした。それを見た周りが、何やら悲しそうな顔をしているのになぜが申し訳なくなる。
♢
遂にその時が来た。
「海辺のショー会場には歩いて行けるが……梓はこの馬車を使うが良い」
王国が準備してくれた馬車は、大国の馬車にしては色合いなんかが控えめと言うか、質素というか。まあ貸してくれるだけ仏だ。この服で町内歩くのは……流石に怖いから。
「昨晩はチルトが皆様のご迷惑になるようなことは……」
「うるせーよ兄貴」
「お黙り!夜になる前の飲酒はあれほどやめなさいと」
「あー……やめてくれ。二日酔いの頭に響く」
「な!?」
チルトさんとリーさんは喧嘩?をしていた。あんまり仲良くないんかなと思ったが、よく聞けばリーさんが心配しているだけだった。弟を気遣うのはまあわからんでもないし、俺は内心リーさんの味方だった。
「大体、あれほど煙草もお酒も控えるようにと宮廷医師にも口酸っぱく言われているでしょう。それなのに八缶一箱を欠かしたことがありますか?」
「俺の人生のルーティンだ。二箱じゃないだけありがたいだろう」
「……そんなんだから婚期逃すんですよ」
「俺は結婚しないだけです〜」
8缶一箱ってヤバそうだな、肝臓真っ暗とかそんな次元じゃねえぞ。でも、ちゃんと酒をしまっている。一時は辞めてくれるんだから、まあまだマシな方か。
「お兄様に言われたから一時間は禁酒と30分は禁煙だな」
……リーさんが真っ青になっている。たまたま聞いていた俺達も真っ青になった。同じくその一部始終を見ていたベルトルトさんは、少し困った顔をしていた。
「……騒がしい息子たちで済まん。船に乗ればもうワシらはついていけない、しかしいきなりお主らだけと言うのは些か気が引ける。そこで、お前達にあるものを渡そう!」
気分一新と、喜助に顔ぐらいの大きめな水晶玉のようなものを渡していた。用途はわからない、確かめようと動こうとしたが……
「梓、馬車に乗ろう。2人で」
「え?お前も乗るん?」
いかにもそれが世界の常識って感じで俺と馬車に乗ろうとする仁に、周りがブーイングを飛ばす。俺はそれを止めることはできない、ブーイングも仁が無理やり俺を乗せようとするのも止められない。なすがままに乗せられて、またもや背中から抱きしめられた。しかも仁が座るから必然的に膝に乗るような感じになっている。
「……変なことされたらすぐに言えよ」
「運が良かったな」
周りも諦めたみたいで、仁に警戒心を向けつつ、前に歩き出した。仁はなかなか頑固なやつだな。こうと決めたらてこでも意見を曲げないタイプと見た。
馬車が町内を歩いていたら、街の声がよく聞こえる。今日は休日なのだろうか、それとも夕方なせいだろうか、賑やかな気がした。それは全然悪いことじゃない、むしろいい事だが、話を聞いているうちに手放しでは喜べなくなった。
「知ってるか?今日のショーはめちゃくちゃ可愛い踊り子が出るんだと」
「ああ知ってるぜ。噂の王宮の秘蔵っ子だろ」
「王族の連中だけで楽しむとかずるいぜ」
「あの可愛子ちゃんに一体いくら出したんだろうな、うちの王様は」
……自分に対する期待は嬉しい。怖いことは確かだが、踊り子としてみれば冥利に尽きるって話だろう。しかし王族の、ベルトルトさん達を悪く言うのは辞めてほしい。あんなにいい人達が、自分のせいでこんなふうに言われるのは悔しいし、悲しかった。
「……梓」
「うん、ありがとう」
気を遣ってくれているのか、後ろから手を握られている。温かい手だ、それだけで楽になれるぐらい。握り返すとドヤ顔されたのは癪だけど、しばらくはそのままでいてほしい。心からそう思った。
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