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第52話 嵐の前の

馬車に運ばれてかなりの時間がたった。街の人たちが怖くて窓なんて開けられない、よって仁と密室状態のミステリーツアーって感じだ。いくら馬車の色が地味だとはいえ流石は王国の人達だ、自分の住んでる国の王宮直属馬車はちゃんと知っているよう。 「あれ、ひょっとして……」 「間違いねえ、踊り子ちゃんがいる馬車だ」 「わざわざ王宮から出向いた今日の主役ってやつか……」 周りの声がちゃんと聞こえる。分かって当然だろうな、本来王族の馬車ってショーステージとかには絶対行かないだろうし。やばい緊張がぶり返してきやがった。何人見に来るんだろう、知ったところで緊張は解れないことはちゃんと分かっているが、如何にもこうにも落ち着かないと言ったらない。 深呼吸しても手のひらに人の字を書いても、素数を数えても、ほぐれやしない。万策尽きた俺は、仁に振り返って縋り付くように抱きしめてしまった。元々後ろから膝に乗せられて抱っこされるような感じだから、自然と抱き合うような姿勢になっていた。仁は驚きもせず、俺の背中をポンポンと優しく叩いていた。 「……やっぱ出るのやめる?出なくても死にはしないだろ。俺たちも、国の人たちも」 「いやちゃんと出る。そうしないと迷惑がかかるから」 「じゃあ何でこんな震えてんだよ」 言い返す言葉はない。まるで寒空に放り出された子犬のように震えている自分は何とも恥ずかしく、こんなことをしても可愛くねえよと、心の中で自分に悪態をつくことしかできない。止めようと思ってはみたが、どうやら体の神経は脳から独立してしまったらしい。仁を抱きしめる手も、震えも、止まることはなかった。 「梓ってこう言うとこ真面目なんだな。俺だったら街の親父ども殴ってさっさと船に乗るぜ」 「そりゃお前みたいな不良じゃねえし」 「誰が暴力主義だ」 「言ってねえ」 他愛のない話をした。何でもないような感じを装って。恋人の逢瀬の如く抱きしめ合ってんのに、している会話は高校生の男同士って感じなのが何とも矛盾じみている。でも今はそれがありがたかった。こんな時はちゃんと空気読んでいやらしいことしない仁をありがたく思った。だからこそ、 「……終わったらヤらせろ」 身構えもなしにそんなこと言われたら心臓が飛び出そうになるんだ。 「えー何でだよ!」 「えーもびーもない。本来彼氏として自分の恋人が踊り子ってだけで不安なんだ、しかもおじさんの前でポールダンス踊るとか発狂もんだ。それぐらい許せ」 譲るつもりはさらさらない。そう言った雰囲気に呑まれて、俺はうっかり承諾した。いや承諾させられた。気が付けばすっかり恋人なのか。人生の景色がジェットコースターレベルで変化していくのは、楽しくはある。平坦な人生よりは生き甲斐があすはず、だが波乱万丈すぎるのも考えものだ。……まあそれでも好きになったのは両方だけれど。 「ちょっとだけ栄養補給させてくれ」 「……うん」 口付けを拒むことはできなかった。窓を閉めて外部と遮断されているとはいえ、声が聞こえる中での行為は背徳感で満ち満ちていた。ああ、これはあれだ、癖になりそうってやつなんだろう。元の世界に帰ってもホモのままだったら責任取ってもらうからな。 「ひ!うぅ……した、いれなぃで……」 ゾワゾワが止まらないが、抵抗する気は最初から怒らなかった。ちょっだけって言ったのに、舌入れるのはディープ過ぎるのでは、いや別にいいけど。後のショーに支障がなければ文句は言わないし……嬉しいし。 どうやって動けばいいのかわからない。いつもは熱が回った状態でやられていたから、こうやって比較的冷静な時は珍しい。かえって何をすればいいのかわからなくなる。 「やっぱ梓可愛いな〜」 長いキスが終わってもうっとりとした目で俺のことを見ている仁は、今にも服を脱ぎそうな空気を醸し出していた。しかしそれは流石になしだ。胸を触られてビクッとしたのを隠した。もし反応したら流される、すぐにわかることだ。 「コラ、これ以上は……終わったらな」 「約束するか?」 「……うん」 納得していない様子だ。恥ずかしいが、再びキスをした、今度は俺から。あれ、そういえば自分からキスするのって初めてじゃね?そう思いつつも、今は頭の中を仁でいっぱいにすることにした。目を瞑っても、目を閉じても、仁を感じる。それはとてつもなく幸せなことだった。 これから始まる異世界を揺るがす《《一つ目》》の大事件。それの少し前、嵐の前の静けさってヤツだった。

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