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第126話 我儘な海底王
3時間後、勇者達を乗せた船は豪雨と言ってもいいほどの大雨に襲われていた。永遠轟々と降る雨風が氷柱と化した水の間をすり抜けるようにビュンビュクと、ザーザーを超えてゾーゾーと。そんな詩的なことを言ってもイマイチ様にならないから簡単に言うと、大粒で量も多いそれが降り続けると、音すらも聞こえづらくなると言うことだ。
さて、こんな中でも俺を呼ぶ声が1つ、いや俺が聞こえてないだけで多分3つ4つあるのだろう。手を伸ばしてくれている。その手は次第に遠くなって、1番聞こえる仁の野太くてカッコいい声までもが、離れていく。どうしてそんなことになってんのかって? それに関しては実に簡単な話だ。
「おい! 怒らないから降りて来い!!」
「俺だって降りてえよ!? ただこのイカ野郎の力が強すぎるだけだ! 嫌だ嫌だ、たーすーけーてー!!!!」
俺は今現在宙吊りにされている。だんだん高くなっていくのがさらに恐怖心を仰ぐ。別に船上裁判なんてしてないしそんなトラブルも起きていない。これはあくまで外的圧力によるものが原因だ、主に魔物とかクラーケンとか。俺にもまあ原因はあるっちゃあるけど、それでも俺は悪くないと言い張る。なにせこんな話聞いていないからな。
イカの触手が体にまとわりついた気持ちが悪い。しかも柔らかいくせに力が強いのなんのって。でも意外と紳士的なのか、拘束するだけで骨を折ることはもちろん締め付けも全然痛くない。痛みは全くしない、体の動かない抱擁に近いものを感じた。でもどんどん高く、船から遠ざかるのはなんとかしてほしい。おれは25メートル泳ぐのが関の山だから、こんな荒波に放り出されようものなら死が確定している。溺死は嫌だなーなんか苦しいって聞いたことがある、今はそれどころじゃないけども。
「君可愛いねー魔王様が惚れるのも分かる気がするよ、今からでも考え直して僕の妃にならない?」
相手はなんか知らん少年だ。クラーケンじゃなかったのかよ。いや確かに服も含めて透明感のある見た目に、俺にまとわりつく触手も彼があやつだているように見える。ってか魔王って言ったかあいつ? まさかこれもあの野郎のせいだってのか?
「そうだよ、まあよく考えれば分かる話だね。この世界の海を支配しているこの僕キング・クラーケン7世に、あのちょっと強いだけが取り柄の《《新参者》》は、勇者達を全員生捕りにするよう頼んできやがった。あ、今のはあの人に内緒ね? 僕じゃ勝てないからさ」
魅了が通用するとかそんな次元じゃない、普通に頭良さそうな人型の魔物じゃあないか。でも自称クラーケンなんだよな、キングってことは1番強い? あれ今俺の命以外にも色々危機的状況なのでは?小学5、6年生ぐらいの身長(顔は大人びてて色気がある)の此奴は魔王が嫌いなのか、この状況下でこの後も少し魔王の愚痴を言い続けていた。
下では俺を助けようとしてくれてるのか、それともただの自己防衛か、他に現れた俺の理想通り? のクラーケンと対峙していた。高いとこあんま得意じゃないから下を見たくないけど、この子供の顔も見たくはない。でも目を逸らさせはしないと言いたいように、俺にグイッと近づいてきた。さっきから気になっていたが、どうやらこのクラーケンのボスは空中移動できるようでまるで空気を地面がわりにするように平気な顔して飛んでいる。
「でもやっぱり可愛い。あのクソや、いや失礼、魔王様は人を見る目だけは一流なんだ。こんなに可愛いのに人間達のものなんて勿体ない! すぐに海底王国にいって結婚式をあげよう!」
「だ、誰のだよ?」
「勿論僕と君さ。ハネムーンはどうしよっかな。やっぱり魔王に会いにいこうね、お見上げは魔王の首にしよっか。アイツきっと好きな人とられて戦意喪失してるから、きっと僕でも殺せるね!」
どうしようめちゃくちゃやばい奴だ。顔は馬鹿みたいに綺麗なのに邪悪な性格が全てを無に消している。そういや魔王も同じような性格してたな、面はいいのにそれ以外全部最低のあの変態ホモ野郎。俺は拒否のつもりで顔をブンブンと振って、そして思いっきし叫んでやった。散々嫌ってるとこ悪いけど、お前ら似たもの同士だよ。そもそも強い魔物は自然とそう言う性格になる生態でも持ってんのか?
「……へぇ。やっぱりあの伴侶を作る気がなかった魔王が嫁に選ぶだけあって根性あるね、肝っ玉だね。でも堕としがいはありそうだ。僕の事はキングって呼んでよ、家臣も国民もそう呼んでる。あ、こう見えて162歳だから子供扱いしないでよ。人間で言うと君と同い年だからね」
まさかの合法ショタ。将来の健吾と蓮舫を見てる気分だ、あいつらがこんなんにならない事を祈りつつ、俺は深呼吸をした。触手が、体に詰め寄ってくる。もう歴戦の俺は分かる、これは拘束ではなく快楽を与えるための触り方だ。いいぜ来いよ、こう見えてメンタルには自信がある。すぐに砕けるくせに、それでも強いぜ。
この世間知らずな残忍我儘お坊ちゃんに、プライドや誇り、メンタルなんてのは砕けてからが真骨頂だって事を見せてやる!
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