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第135話 勇者限界オタク

「「「勇者様方、日の丸へようこそ!」」」 港に着いた瞬間、俺たちを待っていたのは地面が揺れるような歓喜の声だった。いつか教科書で見た江戸時代の街のへによく似ているその港町は、10年に一度の祭りでも始まるんかと言いたいぐらいには盛りに盛り上がっていた。しかも全員揃いも揃って、勇者様達が来なさった、世界を救ってくださる救世主だとか、そんなことを言うばかり。 グルーデンの人達はそこまで勇者うんぬんに頓着がないというか、言い方はアレだけど俺にしか興味がなさげだった分、その落差に驚いた。ベルトルトさんのことだから、ヒノマルよりも沢山の人が住むグルーデンの人達が混乱しないようにと勇者の事は黙ってたのかもしれない。そこんところはこことえらい違いだと思う。まあどちらもいい意味で王の采配が効いたってとこだな。 「皆の者、出迎えご苦労だ。これより勇者様方を都へと連れて行く、挨拶をしたり握手をせがめるのは今のうちだぞ!」 皇子様の粋な計らいにヒノマルの人たちは歓喜爛漫、その四文字熟語はどういう意味かって? そんなの知らない、俺が作ったから。でもとにかく喜んで和気藹々としているのがわかってもらえたらそれで十分だ。元気過ぎるとグルーデンで踊った時みたいに、俺達にどっと押し寄せてくるのではと警戒していたが、どうやらそんな心配は不要だったみたいだ。 「よ、40人の勇者だ、本物だ!」 「世界を救う英雄に握手をせがむなんて恐れ多いよな……」 ものすごく遠慮をされている。これアレだ、文化だけじゃなくて気質も似てるんだろうな。その、控えめなところというか、なんかこっちが悪い気がするぐらい遠慮されてるもん。それに耐えきれなくなったクラスメイト達が1人また1人と、ヒノマルの人達の元へ駆け寄ってはファンサービスの如く握手をし始めた。 勇者様に握手してもらったこの手は一生洗わないと、船上でタマモに言われた事と同じような声が聞こえてくる。そんなに俺達って凄いのか、今更だけどひょっとして俺らってマジで凄いのか。そんなことになったら俺も調子に乗って握手してしまう。こんなメイド服とかいう破廉恥漢な姿の踊り子が勇者とかみんなの夢を破壊しないか心配だったけども、勇気を出してさっきから俺をチラチラと見ていた男の人達のそばへ行った。 「あの、よかったら俺も握手を……したほうがいいですか?」 「へ? え!? いいんですか!?」 「はい、もう握手は……しましたね」 いいんですかと聞きながらも颯爽と手を掴んでくるの凄い既視感がある。わかる。推しのアイドルや声優が目の前にいるとどう頑張っても挙動不審になる上に、そんなこと言われながら手を差し出されようものならいくらでも掴んでしまう。俺意外とヒノマルの人たちと仲良くなれるかもしれない、潜在的に俺と似た匂いを感じるから。 「あの、勇者様のお名前を伺っても……」 「えっと、巳陽梓です。一応勇者の1人ですけど……踊り子なんで、あんま期待しないでくださいね」 「踊り子ですか! 素晴らしいですね!」 「世界をお救いになられる勇者様だ、きっと素晴らしい舞を披露するのでしょうね!」 「変わった御召し物を着ていますが、これは勇者の装束でしょうか」 期待が重い。踊り子なんてろくな職業ではない俺なんてみんなガッカリするかもと、声が小さくなってしまったというのに、それでもヒノマルの人たちは俺を信用してやまない。後これはメイド服だ、決して勇者達は戦いにメイド服を用いるような奴らばかりでは無いからな。そうかわかったぞ、多分ヒノマルの人たちは能や歌舞伎みたいなカッコいいのを想像しているのだろう。 全然違うぞ。もう一度言う、大事なことだからな、全然違う。どちかと言うと、ポールダンスとかストラップとかそこら辺の系統なんだけど、と言ったところでヒノマルの人たちが理解できるかは分からない。百歩譲ってポールダンスはあっても、ストラップとか言うそんなド変態文化ある気がしない。 「おれ勇者様と握手だけじゃなくてこんなにお話ができるなんて……え?」 「どうしたんですか?」 どうしたのか、急に言葉を失った目の前の人は、ごめんなさいと謝るばかりだ。周りをよく見れば、俺を囲んでいる人を中心に様子がおかしくなり始めていた。 「ご、ごめんないさい……斬首します」 「なんで!?」 「じゃあせめて切腹を……」 「だからなんで!?」 さっきまで握手を交わしながら話をしていた周りのヒノマルの人達が、突然自殺宣言し始めた。これで焦るなと言うのは酷というものだろう。嫌がりながらうずくまる目の前の人を半ば無理やり起こして、何処か怪我をしたのかと確認した。その光景に俺は息を呑む。

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