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第138話 海鮮酢飯
とにかく外へ出て気分転換がいいと、皇子様によって半ば強引に外へ連れて行かれた。てっきり城の中に皇子様や使用人も住んでいるのだと勘違いしていたけど、どうやらそうではないらしい。あれは所謂王様としての威厳を保つためのピラミッド的ポジションらしく、実際は気休め程度に客間や住むところがあるだけのただのデカイ蔵らしい。
本当に人が住んでいるのは城下町からは見えない、塀に囲われた平安時代の宮中のような大屋敷だ。庭はでっかい池があって、なんで赤いのかわからない小さい橋が並んでいる。鯉が泳いでいるかと確認しようとしたけど、食べられませんよと釘を刺された。食べるつもりねえよ、俺そんなに食い意地張ってる? まあ張ってる方だと思うけど。
「我が城は気に入ってもらえましたか?」
「はい、とっても。……ヒノマルでは何が美味しいですか?」
食い意地張ってるとかそんな次元じゃない、食うことしか考えてないな。ってかよく考えたら腹減ってる、だからこんなに飯のことしか考えられなかったのか。
「食事でしたら、やはり魚料理が美味ですよ。それとこの気候は稲作に向いておりまして、お米も伝統的な主食です」
やはりそっち系か。いや肉がいいと言えば身も蓋もないけれど、個人的に米はありがたい。やっぱ日本人帰るところは白米と相場が決まっている。魚と米……ヤバい寿司食べたくなってきた。異世界転移のせいで洋食中心の食生活で白米が恋しくなってきた今日この頃、久しぶりに寿司が食べたいと考えてしまうのは至極当然のことだろう。
欲しい、お腹がすいた。いつもお肉大好きな俺だけど、たまには好きを食べたいと思ったりもする。
「……ごめんなさい、美味しい寿司はどこで食べれますか」
「す、すみません。寿司とは、どう言ったもののことを言うのでしょうか?」
……マジかよ。まさかのヒノマルで寿司が食べられない問題が発生しそうだ、異世界なんだからたとへ街並みや文化が似ていても寿司を要求する方がお門違いだけど。いや待てそもそも寿司の呼び方が現実世界とは違う可能性が無きにしも非ず。よく考えたら魚と酢飯を一緒に握った料理を「寿司」と呼ぶ方がどうかしてるんだ、俺だったら「海鮮酢飯」とかいうなんの捻りもない名前にしてしまう自信がある。
とにかくなんでもいいから寿司の特徴をベラベラと喋っていこう。ちらし寿司とか稲荷寿司とか紛らわしいのがいっぱいあるけど、それも含めて全部言っていこう。異世界にもどれか一つぐらいは似たような物があるだろう。
「酢飯、酢を和えたお米と魚の切り身や厚焼き玉子を一緒に握ったやつです。物によっては海苔で巻いてたりお揚げで包まれてたり、なんかもう色々です」
「……ああ、海鮮酢飯の事ですか!」
ビンゴ、まさかの海鮮酢飯が大成功だ。付けた人間は多分俺みたいにズボラな人間なんだろうな、でも俺が思うに寿司と名付ける方が異常だろう、その響きが思いつく時点で感受性が非凡過ぎる。
どうやら海鮮酢飯ってのは、海鮮丼と寿司を全部込みで言ってるらしい。説明を聞くに海鮮丼と思わしき言葉がいくつかあった。でもマグロやサーモン、いくらのように具は現実世界と大差ないように見えた。流石に玉子とかはないみたいだ、是非とも教えてあげたい、あの謎なぐらいの厚焼き玉子の作り方は一切として思い浮かばないけど。
「もし宜しければ、我が国の海鮮酢飯を頂いてはくれませんか? 腕利きの職人を集めます! 勇者様方に我が国伝統の料理を食べていた力なんて光栄です」
「ま、マジですか?」
「大マジです」
「……どうせなら玉子を使った寿司、じゃなかった海鮮酢飯の作り方も教えたいです。詳しく知らないからインスピレーションですけど」
こんな信用してはいけないような台詞でも、是非ともと言ってくれたのは凄く嬉しい。この空きに空いてお腹と背中とくっついて果ては穴が開きそうなぐらいの胃袋に、海鮮酢飯なる見知ってるようで未知の料理を頂く。控えめに言って楽しみで仕方がない。
さあ善は急げださっさといこう、俺の胃袋はすでに海鮮酢飯の気になっている。厚かましくも世話になりっぱなしの皇子様の手を握ってお城の中にある食事処へ向かった。
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