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第140話 ある意味宿敵

「……上手い。ああ上手い」 「俳句作ろうとしてる?」 「ちがわい、シンプルに感想言ってるだけだ」 仁の目にはただ無我夢中で海鮮酢飯を食べている今の俺が詩人っぽく見えたのだろうか、急に真面目な顔して聞いてきたのがこれだ。一瞬の身構えが台無しになった。 ………… 心音の   昂るままに     つらつらと 震える時こそ 皆詩い人 ………… 駄目だ、心のままに言葉を並べるその瞬間こそ皆詩人であるという意味を込めての渾身の詩のつもり。つもりというだけあって個人的にイマイチだと思う、後これ俳句じゃない短歌だ、季語も入ってない。まあいいや、ぶっちゃけ詩が歌えなくても生きていける。 それより俺としてはさっき最後に食べた玉子で海鮮酢飯が全部無くなったことが寂しい。もう十分空腹は満たせたはずなのに、腹がいっぱいなのにまだ食べたいなんて食事意欲が凄すぎる。 「おい百田なに大葉だけとってんだ」 「酸っぱくて不味い草なんて食べたくない」 「茶碗蒸しの銀杏までのこしてる」 「不味い草の仲間というだけで舌が拒絶したんだ……」 蓮舫って思ったよりも偏食家なのか、あと大葉のこと不味い草っていうのやめろ。そんなに残してると俺が食べるぞ、スイッチ入った時の食欲を甘く見ないでもらいたい。 まあそれはそれとして。ヒノマルにあるのは多分日本食と同じような物が多いのだろう。ここより北の……そうそうコグダム都には何があるのだろうか、ほんとに飯のことしか考えてないけど、異世界に来て踊り子やってんだから飯ぐらいは楽しませてくれ。寒い所で食べれる美味しい物といえば俺の中では断然きりたんぽかおでんのすじ肉なのだけど、果たしてそれがコグダムにあるのかは疑わしい。 「皇子様、コグダム都はもっと寒いそうなのですが、美味しい食べ物はあるんですか?」 「コグダム都と言いますと、やはり煮込みが中心ですね。ヒノマルと食文化に関しては通ずるものがあるのか、主食は白米です」 「おでんとか、後きりたんぽとかはありますか」 「きりたんぽなる物は分かりませんが……おでんや田楽などはヒノマルより多く浸透しているかと」 きりたんぽがないだと。家で作ったことあるし、是非ともコグダム都の人達に教えてあげたい。あとおでんと言っていたもののすじ肉がちゃんとあるんだろうな? 関東の人間には何だそれと言われるし仕方のないことだけど、俺たちにとっては死活問題だ。俺が思うに、こんにゃくとすじ肉が入っていないおでんはおでんじゃない、なにせこの2つが大好物だからな。 「大根と巾着あるんかな」 「仁もおでん好きなんか?」 「うん。ガキの頃はおで○くんめっちゃ見てた」 「俺も見てた」 テレビに釘付けになっておでん○ん見てた仁はさぞ可愛かっただろうな、今でも違った意味で可愛いけど。言い間違えたり語彙力無かったり、日本語下手くそな小学生みたいな可愛さがまだ残ってる。 「そういやさ、梓はこの後どうすんの?」 「ん? 別にどうもしないけど。まあ城下を回ってみたりもしたいけど……これ以上ヒノマルの人たちに迷惑をかける訳には」 「じゃあオレが一緒に回る」 食い気味に仁が同伴したいと言ってきた。まあ顔も怖いし身体もおっきいから、俺が原因の間違った方向でのトラブルが起きたとしても頼りになること間違いなしだ。せっかくだしお願いしたいと言えば、仁は天に拳を掲げていた、そんな喜ぶ話かよ。浮かれている様子をずっとみていたら、後ろから声がかかった。この仁に引けを取らないぐらいの怖い顔にこのタッパ、二家本譲治《にかもとじょうじ》だ。 ハッキリ言って俺は譲治のことがあまり得意ではない。嫌いではないぞ、ただ近寄り難いと思ってるだけだ。元の世界にいた頃には仁と一緒に暴れ回ってたし、ヤクやサツとの繋がりも太いとか聞いたことがある。仁はまだ家族や近所の人が迷惑がってたからって理由で暴走族を一つ潰したっていう義賊のような逸話がある。それに比べて譲治ときたら真っ黒だ、思えばこいつとつるみだしてから、仁の素行はどんどん悪くなっていったのは一年の時から印象的だ。 「ど、どうした」 「なに怖がってんだよ、こっちはお前のための提案をしてやるんだぜ?」 この上から目線な態度は少しいやだいぶ怖い。今の毒気が抜けた仁とは違う、モノホンの不良。 「真田と2人っきりだと怖いだろ? 真田は狼だから急にムラムラする可能性も無きにしも非ずというやつだ」 「おい二家本ふざけてんのか、その何だっけ、《《タキシードも烏》》ってのはどういう意味だよ」 「無きにしも非ずな、絶対ないわけじゃないってことだ。因みにタキシードも烏は俺も知らない」 語感以外の共通点ゼロな仁の無自覚韻踏みにも対応出来た、俺かなり理解度上がってる。その勢いで譲治の事も知りたいが、多少心配してはくれているというだけで他はなにも理解できなかった。 「俺も同伴するぜ、3人でデートといこうじゃねえか」 デートときたか。その発想はなかった。反対していた仁も、譲治の俺より上手にエスコートできる自信がないんだろと目に見えた煽りに乗っかって丸め込まれた。周りに心配されながらも、俺たち3人のデートに似た何かが始まった。

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