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第192話 穴だらけなのですよ

話によれば、2人は後天的なものと先天的なもので僅かな差はあったものの、お互いに心を読める者同士打ち解けあっていたみたいだ。何を言わずとも顔を見るだけで分かり合える、ある意味そこらの夫婦よりも濃ゆい関係、そうホロケウさんは話してくれた。 だからこそ急な豹変に誰よりも驚いたのだろう、そして心配もしたんだろう。……丁度この植物園にいつも通りに雪降る日、ベルを誘ったそうだ。なんだかんだ言いながらもちゃんと来てくれた時には安堵を覚えて……そして里帰りしたきりまともに見れなかった顔を見た。 「その時、小生は恐れてしまったのです。あの方の顔を見た瞬間、頭に流れ出たのは魑魅魍魎百鬼夜行がそぞろ歩く死の世界。見るだけで恐ろしいとはまさにあの事でございました……」 「な、なんでそんなことになってたんですか?」 「元々ただの貴族の出身では無かったあの身。名前に似つかず繰り広げられるは勢力争いと権力闘争。……双子の兄がいたと聞きます、才能はなくとも家の長である長男が」 なるほど。それはちょっと想像つくかもしれない、俺もダメな兄貴だからかな。どろどろとした権力争いの渦中、さらに心を止める能力を持ってるなんて……あんまりいや絶対に経験したくないな。特に才能のない兄貴が後継になるなんて反対する人間はさぞ多かったろうに、ベルが見た深淵は計り知れない。 ……蓮くんも同じ気分だったんかな。心読める訳じゃないけど、アイツは頭良い上になんだかんだ真面目だから、察しがよくて色々悪いことも考えちゃってそうだ。 「彼の方は一目で小生の恐れを感じ取った。あの時の限りなく絶望に近い心は、今でも小生の心に刺さって抜けず、ただただ悔やむばかり……」 「それでその、話はできたんですか?」 「いいえ。互いに一瞬で理解してしまった、会話による分り合いは不可能に近いことを。諦めなかったベル様は、誰よりも尊敬していたベル様は、すぐにその場をさってしまって……追おうとしても、足が震えて動けなくて……」 「で、でも仲直りのタイミングはあったんですよね? その……まだそこに在学中の身だった訳ですし!」 少し食い気味だけどそんなの気にしない、すっかり熱中してしまった俺は藁にもすがる思いでホロケウさんに齧り付いた。でも俺の願いは虚しく、目を瞑りながら首を横に振った。 「それから間も無くです。ベル様は姿を消してしまった。ここより先にある絶凍の地獄、ゴグダム山脈に1人で向かい……死の谷に身を落としてしまった……」 自殺。脳裏に駆け抜けたこの言葉は、俺の考えを、身体を、停止させるにはあまりにも十分すぎた。そんな、いつもお茶らけて人のことをそこら辺の石みたいな風にしか思ってないアイツが、それ程までに壮絶な過去を持っているものか? いいや俺が知らないだけであるんだろう、実際知ってる人と今話しているんだ。 ……アイツが思ったよりも辛い過去持ってる事はわかった。心読む能力が必ずしも良いことだけじゃないことも、優しい人間が身を投げ出してしまう凶器にもなりえることを。でもだからって、世界を巻き込むのはどうかと思う。死んでも生きてるのはこの際突っ込まないでおくとして、死念を無関係の人間にまで持ち込むのはナンセンスだ。 「なるほど、貴方も小生と考えが同じと」 「え? そうなんですか?」 「しかし巳陽さんとは少し違う観点からですが。あの誰よりも優しい方が、生前誰も殺生しなかった方が、たかが一度死んだぐらいでそんなことをするのだろうか。そう思ってやまないのです」 なんだろう、ホロケウさんの抱くベルへの思い入れって愛とかそういうのでもないんだよな。なんていうんだろう。心酔、溺愛、依存……否コレは多分、宗教だ。 「この想い、不気味がられるもやむなし。それを凌駕するほどに小生は悔やんでおるのです……優しすぎる故に弱すぎた彼を助けられなかったことを、思い出すだけで心が苦しいこの後悔。出来る事なら忘れたい、しかしそれ以上に、彼の事を愛してしまった。穴だらけなのですよ、後悔で……」 コレがホロケウさんなりのベルへのラブコールというやつか。うん、いいと思う。不気味かと聞かれたら不気味だと即答するけど、事はそう単純じゃあない。俺には一生縁のなさそうな形なだけで、意外とこういう愛を持つ人間は多いのかも…… 手が震える。魔王を殺すと誓った両の腕が、まるで己に確かめるように。この判断は間違っていないのか、もっと良い方法があるのではないか、そもそも自分の愛のために他者の命を奪うのはどうなのか。ヤバい、知らんぷりしてた疑問がここにきて溢れてきた。 「……貴方の出す答えは、小生全力で肯定いたします」 「え?」 「もう彼の方は小生に見向きもしないでしょう。それにこのような不肖の心では、今更助ける資格もありますまい。だから……」 手を強く握られる。狼のケモケモしい(動物っぽいの意)ては、あったかくてふさふさだけれど、鋭い爪が一眼でわかる。でも握られている両手は一切として痛くない。 仁がこの空間に来るまで、しばらく2人で手を握り合った。俯き合い、話すこともなく、俺は優しい手を握っていた。

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