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第2話
「へー、ケイコさんはヨゾラの後輩で、バイト一緒なんだ」
「は、はい」
金髪の男はナナトといい、ヨゾラ先輩の双子の弟らしい。ヨゾラは台所に立って料理をし、ナナトはずっと話をしている。
「ヨゾラめっちゃモテるでしょ? なんでもできるし、気がきくし、イケメンだし」
「え、あ、そうですね」
ナナトはよく喋るので、合間に相槌を打つのが精一杯だ。
「ナナト、ケイコさんが困ってますよ。それくらいに」
料理ができたようで、ヨゾラが料理を運んでくる。
「さぁ、温かいうちにどうぞ」
食卓に運ばれたのは卵とじ煮麺。ふわふわとした湯気が美味しそうな匂いを運ぶ。
「あなたはこっちですよ、ナナト」
ナナトの前に置かれたのは、てんこ盛りの冷やし素麺。薬味もなく、ただ麺つゆが置かれている。
「えっ! ひど! 差別じゃん!! 俺も卵のやつがいい!! 」
騒ぐナナトの頭をヨゾラがパチンと叩く。
「誰のせいで素麺生活になったと? 生活費を全部競馬につぎ込んだあなたのせいですよ」
「だってぇ、大穴のルンルンファイターちゃん勝てそうだったんだよ」
「堂々の最下位でしたね」
「……だから、ごめんて。お願い、ネギだけでいいからつけて」
ナナトはウルウルと目を潤ませて、上目遣いでヨゾラを見る。
「……はぁ」
ヨゾラはため息をつきながら台所に向かい、ネギを切って小鉢に乗せる。
「ありがとー、ヨゾラ」
「はいはい」
コントのような二人の会話に思わず笑みが溢れる。ヨゾラ先輩はいつも凛としていて、家ではこんな会話してるなんて全然想像できない。
みんなが憧れるヨゾラ先輩の、誰も知らない一面が見られた気がして、少し優越感が込み上げる。
「仲がいいですね、二人とも」
そう言うと、驚いた顔をして二人は顔を見合わせる。
「うん、そうだね」
「ええ」
二人が向かいあわせで微笑むと、まるでシンメトリーの絵画のようだった。
「ありがとうございました、ごはんまでご馳走になって」
「いえ、まだ暑い日が続きますから、お気をつけて」
食事が終わる頃には辺りは暗くなりつつあった。ヨゾラとナナトが玄関まで見送りにくる。
「本当にありがとうございました。ではまた」
玄関の扉を開けて外に出ようと足を踏み出した瞬間。
強く腕を掴まれて、そのまま引き倒される。
玄関に尻餅をついて、びっくりして後ろを振り返るとナナトがぼんやりとこちらを見下ろしていた。
「ねぇーケイコさん」
ナナトがしゃがんで目線を合わせる。甘い声とは裏腹に瞳には色がなく、無表情だ。
「一目惚れしちゃった。俺と恋人になってよ」
あまりの驚きに声も出ず、それでもこの状況は何かマズイと脳が判断したのだろう、もたつく足を動かして立ち上がる。玄関の扉はすぐそこだ。ドアノブに手をかける。
「なんで逃げんの? ……ヨゾラ」
「はい」
ヨゾラがドアノブにかけた手を優しく上から掴む。
ーー逃げられない。
呆然としていると、ナナトが後ろから抱きしめてくる。
「大丈夫、大丈夫。俺、何にもしないよ? ただお互いを知るのって大事じゃん? だから今日から日曜日までの三日間そばにいて欲しいんだよ」
優しく、ゆっくりと幼子に言い聞かせるようにナナトは囁いた。
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