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 三十分後。白柳と蘭は、ビジネスホテルのバスルームにいた。  あの後蘭は、白柳に抱かれたことで、ややヒート状態が落ち着いた。その隙に講演会場を抜け出て、あらかじめ予約していたホテルの部屋に入ったのである。白柳は、蘭の後を追って、こっそりここへ忍んできた。 「吸い付くような肌だな」  蘭を後ろ向きに膝の上で抱きかかえながら、白柳が感嘆のため息をつく。狭い浴槽は、体格の良いアルファの白柳が入っただけでいっぱいだ。その上蘭が入るのはどう考えても容量オーバーだが、白柳のたっての希望である。こうして裸で密着していると、いやおうなしにアルファのフェロモンを意識させられる。溺れるな、と蘭は自分を戒めた。溺れてもらうのは、白柳の方だ。 「白くて、きめ細やかで……、優美だ」  白柳は背後から手を伸ばすと、蘭の胸の飾りをきゅっと摘まんだ。 「名は体を表す、だな。『(ゆう)』」  蘭は、ドキリとした。講演会の受付では、『神田(かんだ)優』という偽名を記入した。把握していたのか。 「僕の名前をご存じで?」 「ああ。これだけ熱心に、俺の講演に来てくれていればね……。東北の時も、九州の時も来てくれていただろう?」  やはり覚えていたか、と蘭はほくそ笑んだ。 「しかし、そんな遠方まで足を運ばなくても……。毎度同じような話しかしてないのに? それに、動画だって公開している」 「そんな本音をぶっちゃけてしまっていいんですか。ファンの人たちが知ったら、講演収入に響きますよ?」  蘭は、くすくす笑った。 「はぐらかさないで……。どうしてわざわざ遠くまで、講演を聴きにきてくれたんだい?」 「僕に言わせる気ですか?」  蘭は後ろを振り返ると、白柳の顔を見つめた。至近距離で見る彼は、テレビで観るより数倍も、いい男だ。すっきりとした切れ長の瞳に、高い鼻梁、形の良い唇。知的で爽やかな一方で、どこか色気もある。 「先生が好きだからですよ……。動画なんかじゃなくて、生の先生にお会いしたかったんです……。そして、同じ空気を吸いたかった」  蘭を抱く白柳の腕に、ぎゅっと力がこもる。彼は、蘭を抱きかかえたまま、立ち上がった。

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