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2 逆手に取ってやる

 翌朝蘭は、バスルームの鏡で、うなじを確認していた。紛れもなく、噛み痕がある。  ――畜生。  ベッドで白柳が眠っていなければ、大声でわめき散らしていたところだろう。昨夜、白柳にうなじを噛まれたことで、蘭は彼の『(つがい)』になってしまったのだ。番とは、アルファが発情期のオメガと性交中に、オメガのうなじを噛むことで成立する、特殊な関係である。噛まれたオメガは、番のアルファにしかフェロモンを発しなくなる上、番以外の人間と交わろうとすると、ひどい苦痛に襲われる。いわば深い絆なのだが、オメガの合意なしに噛むなど、通常はあり得ない。  ――まあ、首輪をしていなかった俺にも、落ち度はあるけど。  望まない番関係を防ぐため、首輪を着用するオメガもいるが、蘭にはその習慣がなかった。発情期は年に一度の上、これまで周期が狂うことなどなかったからだ。講演会場からホテルへ移動する間に調達すればよかったのだが、そんな時間はなかった。  ――仕方ない。これを逆手に取るか。  部屋へ戻ると、白柳はすでに目を覚ましていた。蘭は、ベッドに腰かけると、彼の顔をのぞきこんだ。 「もう起きていたのか? 早いな」 「はい。昨夜は、夢みたいでした……。あんなの、初めてでした」  蘭は、にっこり微笑んだ。悔しいが、本音だ。合意なしに噛んだ抗議をする暇もないくらい、蘭は白柳に翻弄され続けたのである。何度も意識を失いかけ、ようやく解放されたのは明け方近くだった。 「それで、その……。どうして、噛んだんです?」  おそるおそる、といった態度で、蘭は自らのうなじを指した。すると白柳は、こともなげに答えた。 「ああ、すまない。つい、ね」  ――つい、だと?  湧き上がる怒りを、蘭は必死に抑えた。白柳は、けろりと続けた。 「構わないだろう? 俺を好きと言ったじゃないか。俺も君が気に入った。何の問題がある?」 

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