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「噛まれたもんは元に戻せないんだから、仕方ねえだろ。それを逆手に取って、愛人に収まったんだから、結果オーライだ。ばっちり録音もしたし、仮にあいつが約束を破ったら、それを世間に公表する。清廉潔白なイメージの白柳陽介は、オメガを番にして捨てた、ってな」
白柳勲も、息子のスキャンダルとなれば、多少はこたえるだろう。その様子を想像すると、気分はややすっきりした。
「それより稲本、今回は本当に助かったぜ。協力、ありがとな」
「実際に体を張ったのはお前だろ。それに俺だって、これでスクープが取れりゃ、ありがたい。白柳勲は、気にくわねえしな」
稲本が、口をゆがめる。正義感が強い彼は、悪徳政治家・白柳勲を毛嫌いしている。だから、息子の陽介を利用して勲の弱点をつかみ、陥れよう、という蘭の今回の計画に、大喜びで加担したのだ。
「ところでお前……、本物のヒートが来たって言ったよな? ……その、平気か? ガキができてたりしたら……」
稲本が、不安そうな顔をする。蘭は、かぶりを振った。
「――ああ、それは心配ないから」
いくら親友でも、中出しされてアフターピルで処理した、などという生々しい話は打ち明けられない。きっぱり否定すると、稲本はいったんは納得したものの、すぐにまた眉をひそめた。
「でも、俺はお前が心配だよ……。あんな奴の息子の番にされただなんて。それも、勝手に噛むような奴……」
「お前が番にされたわけでもなし、そう深刻になるなよ」
蘭は、稲本を安心させようと、軽く笑い飛ばした。すると稲本は、一瞬黙り込んだ。
「……なあ。お前、ヒートは年に一度、それも滅多に狂わないって言ってたよな? それが、白柳陽介に接したとたん発情したってことは……」
「おい、止めろよ、馬鹿馬鹿しい」
稲本をたしなめながらも、蘭は内心ドキリとした。『運命の番』という言葉が、脳裏をよぎったのだ。
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