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 ――アルファとオメガには、互いに特に強く惹かれ合う相手が存在する。それを『運命の番』と呼ぶ……。  まさか、と蘭は思った。『運命の番』なんて、都市伝説みたいなものだ。事実を報道すべき立場にある自分たちが、そんなものを信じてどうする……。 「あり得ないって」  もう一度念を押せば、稲本は渋々うなずいた。だがその表情は、浮かない。蘭は心配になった。 「どうしたんだよ?」 「――ああ、いや」  稲本は、慌てたように笑顔を作った。 「しみじみ思っただけだよ。『番を作らない同盟』も、解消か、って」 「ふふ。懐かしいな」  蘭も、つられて笑った。蘭と稲本が新入社員だった頃、二人だけで飲んだことがある。その時蘭は、こう宣言したのだ。 『俺は、仕事に生きるぞ。アルファの番になって面倒を見てもらうなんて、まっぴらごめんだ。番なんて、一生作らない』  すると、稲本もなぜか同調した。蘭は、不思議に思ったものだ。オメガの自分はともかく、アルファの彼は、番を作ればいいではないか、と。そう言うと、稲本はこんな風に語った。 『記者なんて、留守がちな仕事だろ? 番を作っても、きっと一人で寂しい思いをさせてしまう。そんなの、かわいそうだからな……』  なるほど、と蘭は合点した。 『なら俺たちは、『番を作らない同盟』だな……』  そんな宣言をしたなあ、と蘭はぼんやり思い出した。あの頃は、楽しかった。憧れの新聞社に入り、希望に満ちあふれていた……。 「どうした? 今度はお前が、ぼーっとしてるぞ?」  稲本が、顔をのぞきこんでくる。別に、と蘭は答えた。 「同盟は解消したけど、これからも友達でいような、俺たち」  蘭は、稲本の目を見て告げた。本当にいい奴だ、と思う。アルファなのに、オメガの蘭を見下すこともなければ、性的な目で見ることもない。入社以来ずっと、仕事仲間として対等に扱ってくれた。正直、社内で唯一信頼できる存在だった。だから、二人で飲むまでに心を許したのだ……。 「ああ。ずっとな」  稲本は、静かにうなずいた。 

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