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稲本と食事をして帰宅すると、一人暮らしのアパートの郵便受けからは、大量の新聞が顔をのぞかせていた。いまだに各紙を購読しているので、ちょっと取り忘れただけで、郵便受けはパンパンになるのだ。昨夜は泊まりだったのだから、昨日の夕刊と今朝の朝刊はストップしてもらうべきだった。
部屋に入ると、まずは煙草に火を点ける。一服しながら紙の束に目を落とせば、『日暮新聞』が目に飛び込んできた。蘭は、やるせない思いに駆られた。
――稲本が、古い話なんかするから……。
狭き門を突破して、『日暮新聞』に内定を得た時、蘭は有頂天だった。大学では、政治学を学んでいた。その知識を活かして、政治に関する記事を書く。そんな夢で、胸はいっぱいだった。
実際、入ってからは大変だった。オメガ性をネタに、セクハラ、パワハラは日常茶飯事だった。それでも蘭は、歯を食いしばって耐えた。そして二カ所の地方支局勤務を経て、昨年、本社社会部に配属されたのだ。入社五年目だった。
希望していた政治部でないことにやや落胆したものの、社会部といえば花形だ。特ダネをつかんでやる、と蘭は張り切った。遊軍記者として取材に明け暮れていたある日、蘭は聞き捨てならない情報を耳にした。
アルファである某大手企業の社長が、オメガの社員をレイプした上、訴えの声を上げたその社員を解雇していたというのだ。蘭は、我が事のように激しく憤った。
――必ず、社会的制裁を加えてやる……。
蘭は、慎重に裏付け調査を行った。辛抱強い取材活動の結果、仕上がった記事は、デスクも高く評価してくれた。
ところが、蘭の書いた記事の掲載は、直前で見送られた。上層部による指示だった。問題の社長は、大物政治家とつながりがあった。蘭の記事は、その政治家の圧力でもみ消されたのだ……。
それが、白柳勲だった。
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