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 白柳勲は、与党の古株議員だ。総理にこそならなかったが、各種大臣、幹事長などを歴任したベテランである。そして彼もまた、アルファだった。  ――大物アルファが結託して、オメガの被害を闇に葬った……。  その時の蘭は、完全に頭に血が上っていた。諦めろという稲本の忠告も、耳に入らなかった。辛く恥ずかしい思いに耐えて取材に応じてくれた、被害者の気持ちはどうなるのだ。そんな思いも、蘭の行動に拍車をかけた。  蘭は部長に、さらには局長にまで直訴した。それからしばらくして、蘭は異動を命じられた。体のいい左遷だった。  外聞など、どうでもよかった。蘭がひどくショックを受けたのは、そこが記事を書く可能性のない部署だったからだった。  ――記事が書きたくて、新聞社に入ったのに。書けなければ、意味がない……。  蘭は、即座に辞表を提出した。だが、辞めたからといって、恨みが消えたわけではなかった。怒りの矛先は、加害者よりも白柳勲に向かった。彼もまた、過去にオメガへのレイプ事件を起こしている。蘭はそれを、個人的に知っていたのだ。  ――何とかして、政界から追放してやりたい……。  だが、新聞社さえ辞めた身で、何ができるというのか。その時蘭の脳裏に浮かんだのは、勲の一人息子・陽介だった。いわゆる二世議員。ちなみに本人は、そう評価されるのを好まないらしく、父親の地盤を受け継がずに比例で立候補して当選した。タレント弁護士としての抜群の知名度を、利用したのだ。だが、そんなプロフィールよりも、蘭が注目したのは、彼のバース性だった。彼もまた、父親と同じアルファだった。  ――父親は、アルファの力をもって、オメガを苦しめた。なら息子は、オメガに苦しめられるがいい……。  その時蘭は、陽介を籠絡する決意をしたのだった。うまく取り入って、勲の弱点をつかむのだ。そして、引退へ追い込む。陽介は、自分に夢中にさせた後、捨ててやろう……。

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