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 ――それにしても、連絡が来ないな。  蘭は、チラリとスマホを見やった。陽介とは連絡先を交換したが、今日一日、彼はメッセ―ジ一つよこさない。自分たちは、仮にも番になったのだ。あまりにも素っ気ないではないか、と蘭は口をとがらせた。  ――待てよ。これじゃまるで、俺が陽介に惚れてるみたいじゃないか。  蘭は、はたと気がついた。自分はあくまで、彼を利用するだけだ。普通の恋愛と同様に考えてはいけない。となると、自分の方から連絡するべきか。  スマホに向かって文面を考えていたその時だった。突如、着信画面が表示された。陽介からだった。 「もしもし?」  ワンコールで応答すれば、くすくすという笑い声が聞こえてきた。 『早いな。もしかして、待っていたか?』  電話口の陽介の声は、テレビに出演している時や講演の時よりも、かなり低い。いや、電話だけでなく、蘭と話していた時はずっとそうだった。これが素の彼なのだろうか。 「当然です」  蘭は、媚を含んだ声で語りかけた。 「うさぎとオメガは、寂しいと死んじゃうんですよ?」  また、笑った気配がした。 『それは悪かった。今日は、スケジュールがみっちりでな。やっと時間ができたんだ』 「ずっと待っていたんですよ? 何か、埋め合わせをしてください」  これを口実に次のステップに進むか、と蘭の頭は忙しく回転し始めた。すると何と、陽介の方からこう言い出した。 『うん、実はそのつもりで電話した。急だが、明日の夜七時は空いているか?』 「……はい、空いていますが」 『なら、その時間に会おうか』  飄々とした様子で、陽介が言う。 『車で迎えに行くから、家の場所を教えてくれ。……ああそれから、正装して待っていろよ?』 「どこへ連れて行ってくれるんです?」  いい店でも予約したかな、と蘭は想像を巡らせた。 『それは明日のお楽しみだ。……ああすまない、もう切るよ。住所は、メールしておいてくれ』  陽介は、せかせかと電話を切ってしまった。いまいち詳細は不明だが、会う約束を取り付けられたのはラッキーだ。蘭は、クローゼットを開けた。とは言っても、蘭はろくな服を持っていない。自由になる金は、全て仕事のための勉強に費やしてきたのだ。  ――これしかないか。  蘭は、一着のスーツを取り出した。養父母が就職祝いに買ってくれたもので、ブランド品だ。  ――これを買ってくれた時は、二人とも得意満面だったっけ……。  オメガの養子が一流新聞社に入った、と大喜びしていたものだ。もっとも退職したとたん、手のひらを返したように連絡を絶たれたけれど。  ――何もかも、白柳勲のせいだ……。  蘭は怒りを込めて、クローゼットのドアを力任せに蹴り飛ばした。 

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