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 陽介は、約束の時間きっかりに車で現れた。蘭が助手席に乗り込むなり、彼は尋ねてきた。 「体調はどうだ?」 「え?」  いきなり気遣われるとは思わず、蘭はきょとんとした。 「……ああ、ありがとうございます。特に問題はないですけど」 「うん、気をつけてな。子供ができているかもしれないんだし」  蘭がピルで始末したことなど知る由もない陽介は、深刻な顔をしている。 「何か変化があれば、すぐ医者に診てもらえよ? 俺も楽しみにしているんだ。君の子なら、さぞかし可愛い子が生まれるだろう」  蘭は、軽い苛立ちを感じた。 「……心にもないこと、言わなくていいですから」 「どうして?」  陽介が、怪訝そうな顔をする。蘭は、今度こそカッとなった。 「馬鹿にしないでください……。ご結婚の予定が、あるくせに。内心では、今よそに子供ができたら、厄介だと思っているんでしょう!」 「――ああ。今朝のワイドショーを観たのか」 「まあね。でも、観なくたって、もう全国民が知ってますよ!」  ネット上は、朝からその話題で持ちきりだったのだ。SNSでは、『白柳陽介結婚』がトレンド入りしたくらいである。 「何だ。妬いてるのか?」  陽介が、くすりと笑う。その横っ面を張り倒してやりたいのを、蘭はかろうじて我慢した。元々騙したのは、こちらだ。怒る権利はない。それよりも、『うっとうしくない程度に嫉妬してみせる愛人』を演じる方が得策だろう。 「そりゃ、陽介さんとは割り切った関係だと思ってますけど……。でも、うらやましいですよ、その人が。『運命の番』とまで言ってもらえて」 「ああ。出会った瞬間わかったよ」  ハンドルを握る陽介の横顔が、ふと緩む。蘭は、そんな彼をからかってみたくなった。 「陽介さんは、政治家で弁護士でしょう? そんな都市伝説みたいなものを信じるとは、意外です」 「時にはロマンに浸るのも、悪くないだろう……。ああ、そろそろだな」  ――そろそろ?  蘭は、違和感を覚えた。この先には、飲食店などないはずだ。蘭はそれを、誰よりもよく知っている。なぜならば……。 「さあ、着いたぞ」  陽介が、車を停める。蘭は、愕然とした。そこは、蘭の実家の前だったのだ。

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