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 ――こいつ……。  蘭は、講演会の時のことを思い出していた。あの時も陽介は、蘭にバース差別的な発言をした司会者をたしなめていた。その際は、有権者向けのパフォーマンスかと思ったものだが……。  ――本気で、オメガを認めてくれている? アルファのくせに……? 「蘭。もう失礼しようか」  硬い表情のまま、陽介が立ち上がる。養父母は引き留めようとしたが、彼はさっさと玄関へ向かった。蘭も、慌てて後を追う。 「待ってちょうだい、蘭。あなたから、陽介さんを説得して……」  養母が、必死に蘭に取りすがる。蘭は、その手をそっと離すと、養父母の顔を見比べた。 「父さん、母さん。たとえ内心どう思っていようとも、孤児だった俺を引き取って育ててくれたことには、感謝しています。大学まで出していただいて、ありがとうございました」  深々と頭を下げると、蘭は陽介と共に、長年暮らした家を後にしたのだった。 「悪かったな、嫌な思いをさせて」  車に戻ると、陽介がぽつりと言った。 「別に、あんたのせいじゃないだろ」  蘭はため息をついた。 「誤解しないでほしいんだけど、父さんと母さんには、ちゃんと育ててもらったんだぜ? そりゃ、目的は不純だったかもしれないけど、不自由ない暮らしはさせてくれた……」  蘭は、着てきたスーツに視線を落とした。 「これ、父さんたちが就職祝いに買ってくれたんだ。俺の一張羅」 「蘭……」  陽介が、そっと肩に手を回す。蘭は、それを振り払った。 「止めろ。同情されんのは、まっぴらだ」 「そうじゃない」  陽介が、困惑したような表情を浮かべる。慈しむような目で見つめられ、蘭は動揺した。 「……ところで、話を戻すけど。本気で、俺と結婚するつもりなのか?」

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