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4 回り出した歯車

 翌日蘭が目を覚ましたのは、昼近くなってからだった。昨夜は、宣言通り陽介をアパートまで送らせ、部屋には上げずに追い返した。だがその後、妙に気分がそわそわして、なかなか寝付かれなかったのだ。  ――取りあえず、一服するか……。  煙草を吸っていると、玄関のチャイムが鳴った。来客の予定はない。セールスだろうか。無視しようとしたが、止む気配はなかった。  ――うるせえな。怒鳴ってやろうか。  仏頂面でドアを開けると、何と稲本が立っていた。なぜか向こうも、同じくらい険しい表情だ。 「急にどうし……」 「どういうことだ?」  蘭の言葉を遮って、稲本が怒鳴る。蘭は、きょとんとした。 「は?」 「何で白柳陽介と婚約したのかって聞いてんだよ!」 「――もしかして、俺のこと報道されてる!?」  蘭は、慌てて室内に駆け込むと、テレビをつけた。稲本は、続いて部屋に入りながら、いや、と短く答えた。 「白柳家が、マスコミに箝口令を敷いた。だからお前の素性は、一切公表されてない」 「何だ、焦ったぜ。ならよかった」  蘭は、ほっと胸を撫で下ろした。稲本が知っているのは、政治部だからだろう。 「よかった、だと?」  稲本は、目をつり上げた。 「市川。お前、本気であいつと結婚する気かよ?」 「ちょ、ちょっと待て。お前に内緒にするつもりはなかったんだ……」  蘭は稲本に、昨夜不意打ちで実家へ連れて行かれたのだ、と説明した。 「まあ、事情はわかったけど……。結局お前は、奴のプロポーズを受け入れたってことだよな?」  稲本が、眉をひそめる。 「もう番になっちまったしな。どうせなら、白柳家に乗り込んでやろうかと思って」 「単なる番と、結婚とじゃ大違いだろう」  稲本は、深いため息をついた。 「大体俺は、この計画自体反対だったんだ。お前がどうしてもと言うから、付き合ったけど……。番にされたのは、不可抗力だし仕方ない。でも結婚は、断れたはずだ」  稲本はそこで、蘭をじろりと見た。 「お前、まさか白柳陽介に惚れたか?」

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