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 ――何だよ、あいつ……。  稲本が去った後も、蘭はしばらく玄関のドアを見つめていた。確かに稲本は、当初ハニートラップ作戦に反対していた。そんな潔癖な性格の彼からすれば、結婚をも利用するなんて、とうてい受け入れられないのだろう。  ――そんなきれい事ばっか言ってたら、また他紙に負けるぞ?  仲直りはしたいが、今はとりつく島がない。少し頭を冷やさせるしかないな、と蘭はため息をついた。  ――なら、今俺がすべきことは、結婚の準備か……。  近々陽介の家族にも挨拶するだろうから、ちゃんとした服を用意しなければいけない。陽介は新居を用意したと言っていたから、引っ越しの準備も始めた方がいいだろう。  ――あ、そうだ。  蘭は、思いついてスマホを手に取った。とある人物に、メッセ―ジを送る。 『今日か明日、会えないか? 時間は取らせない。報告したいことがあるんだ』  程なくして、返信が来た。 『いいよ。今日十九時はどう? いつものカフェで』 『OK』  相手は、幼なじみの相沢悠(あいざわゆう)だ。蘭とは同い年で、蘭が十歳で市川家に引き取られるまで、同じ養護施設で育った。そして悠もまた、その一年後に、とある実業家夫妻に引き取られていった。とはいえ、離ればなれになってからも、友人関係はずっと続いているのだ。  施設時代の友人と交際を続けることに、市川の養父母はいい顔をしなかったが、蘭は隠れて彼とメールのやり取りを続けた。大学入学以降、互いに親の監視が緩くなってからは、頻繁に会って近況報告をしているのである。  ――悠には、ちゃんと事情を説明しないといけないからな……。  やや緊張が走るのを感じる。何から伝えようか思案していると、電話がかかってきた。今度は陽介からだった。 『今夜会えないか? 新居を案内したい。あと、今後の段取りの打ち合わせも兼ねて』  陽介は、せかせかと用件を告げた。 「悪い。友達と約束したとこだ。でも、二十時には話も終わると思うけど」 『なら、その頃に。どこで会うんだ? 迎えに行く。時間の節約になるだろう』  蘭は、場所を告げて電話を切った。陽介のこういうテキパキしたところは嫌いではないな、と思いながら。 

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